この記事の連載

とびきりのいい女である、「山口」と「こころ」。数少ない大切な友達がふたり、私のもとから去っていく――魔法のない時代に生きる「魔女」たちとの交流を描いたエッセイ、第6回です。(後篇を読む)

 「カリフォルニア」

 カルフォルニア?

 最近静かだなとは思っていたが、少し目を離した隙に山口がカルフォルニアに飛んでいた。カルフォルニアなのか、カリフォルニアなのか、そばにいた恋人に聞いてみた。「玄人はカリフォルニア」とのことだった。玄人って、なんの玄人。さらに他の人にも聞いてみたところ「カルフォルニアなんて言ってる人、見たことがない」とのことだった。どうやらカリフォルニアをカルフォルニアと呼んでいるのは私だけらしい。今更カリフォルニアと訂正するのも納得がいかないが、ここは素直に従っておく。山口は私の友達だ。高校の頃の唯一と言ってもよい友達で、互いに自分の家から歩いて10分ほどの場所に住んでいた。実家で暮らしていた頃は夜中に近所の公園で水筒に入れた熱い紅茶と煙草を持ち寄って駄弁ったり、山口のオンボロの軽自動車で日光までドライブに出かけたりしていたが、私が都内に引っ越してからは半年ほど顔を合わせていなかった。山口のほうも、今はどの男のところでなにをしているのかと、毎日のように確認しておかなければならないような奴である。しばらく山口からのLINEを無視していたら、山口の消息はあっという間にわからなくなった。彼氏と別れたという話もあるし、バイトをやめて再就職したという噂もある。実家に戻っているのかもしれないし、同棲を解消してひとりで暮らしているのかもしれない。少なくとも、共通のアルバイトのシフト表から一切の出勤がなくなっていることは事実であった。

 私は、山口が今どうしているのかなかなか聞くことができずにいた。私が「今どこにいるの?」などと聞こうものなら、山口は「アワちゃんがアタシに会いたがってる!」と得意になるに違いない。「アワちゃん、やっぱりアタシがいなきゃ寂しいんだぁ……」などと山口に思われるのは癪に障る。いろいろ考えたあと、できるだけぶっきらぼうな文面で「あんたどこにいんの」とメッセージを送ったところ、返ってきたのが冒頭の「カリフォルニア」だった。山口は今、就労ビザを取ってカリフォルニアに滞在しているらしい。そういえば、ちょっと前にアメリカ人にナンパされたとか言ってたな。まさかそいつのところにいるのだろうか。そんなどこの馬の骨とも分からないアメリカ人について行って大丈夫なんだろうか。去年には、突然花束を贈ってきた見知らぬ男に会いにタンザニアに行くとのたまっていた。山口は168センチの私より長身で、長く美しい黒髪をしている。それゆえか、やたらと外国人に求婚される。結局なんやかんやでタンザニアには行かなかったようだが、そんなテンションで生きていたら、命がいくつあっても足りやしないのではないか。もし山口に文章を書く能力があるなら、きっと私より面白いエッセイが書けるだろう。

2025.05.06(火)
文=伊藤亜和
イラスト=丹野杏香