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バニーガールキャバクラの落ちこぼれ同士として仲良くなったリアナ。あの日、自分と”同類”である彼女が発した悲痛な叫びは、私たちの未来に何をもたらしたのだろう? 魔法のない時代に生きる「魔女」を描いたエッセイ、第11回です。後篇を読む)

 リアナとは10年ほど前、横浜のバニーガールキャバクラで知り合った。私とキャバクラの相性が最悪であるのは、もう初めから解りきっていたことである。それでも、いちどくらいは日常と少し違う、きらびやかな世界を経験してみたいと門を叩いた。私は18歳のときから今に至るまで、どこかしらの店でバニーガールをやり続けている。バニーガールの求人があると聞けば、とにかくやってみたくてたまらないのだ。

 もう名前も思い出せないその店は、横浜駅の改札からすこし歩いたビルの地下にあった。そこは“中学生が考えた趣味の悪い宮殿”といった内装で、一面の赤い壁には、ウサ耳が描き足された有名な肖像画のレプリカが飾られており、さらにその横からはウサギ人間のような白い人形の上半身だけが、壁からにゅっと生えるように刺さっていた。それから壁と同じ色の赤い絨毯が床にも敷かれていて、天井には巨大なシャンデリア。極めつけは、店の中心にある“かご”である。接客するためのテーブルすべてを見渡せるよう、まるで宙に浮いているかのように設置されたその鳥かごならぬウサギかごの中で、待機中のキャストはショーウィンドーのマネキンのように時間が過ぎるのを待たなければならなかった。かごの中ではスマホは弄れないし、おしゃべりも禁止である。しかし、そこに入りたくなければスマホもおしゃべりも自由な普通の待機場所もちゃんとある。実際、ほとんどのキャストは進んでかごの中に入ったりはしなかったのだが、私はというと、数か月経っても他のキャストたちとろくに馴染めず、不人気すぎて営業を掛ける客もいなかったので、いつも進んでかごに入り、ろくに働きもせず、というか席につけてすらもらえず、ただそこで多少自慢の脚をクネクネと見せつけてばかりいた。数か月間の時給保証期間が終わり、当然のごとく最低ラインの時給になってしまった私は半年もたたずに店を辞めた。照明は眩しいし、BGMは大きすぎて何も聞こえないし、チンチンの形のグラスで変な酒飲まされるし、尊厳が激しく擦り切れる数か月だった。店はもうとっくのとうに潰れてしまったらしい。営業不振でつぶれたとか、水道管が破裂して水没したとか、いろいろと噂は聞いたが、実際はどうかわからない。どちらにせよ、気分が良い。

2025.10.07(火)
文=伊藤亜和
イラスト=丹野杏香