
好きな男との別れを余儀なくされ、言いようのない苦しみの最中にいたあの時。なぜか真っ先に連絡したのは、遠くから眺め恐怖していたはずの“爆美女”だった。初めての出会いから10年ほど経ち、今、彼女との関係は? 魔法のない時代に生きる「魔女」を描いたエッセイ、第10回です。(前篇を読む)
最初の出会いから10年ほどの時が経ち、私は彼女から何年も遅れて物書きの世界に足を踏み入れた。いちど彼女にブログの代筆を頼まれて書いたとき、彼女は「超面白い。あんた絶対こっち来んなよ」と私に言った。思えば、最初に私の書いたものを褒めてくれたのは彼女だった。私が自分の書いたものをあっけらかんとネットに流すことができたのは、たぶん先人である彼女のおかげでもあるし、今の私があるのは彼女のおかげだと言ってもいい。それにもかかわらず、私はここ数年彼女と積極的に関わろうとはしなかった。彼女からも誘ってくることはほとんどなかったが、私が自ら彼女に会おうと連絡しなかったのは、きっと心のどこかで「世間体」を気にしてのことであると思う。
妹尾ユウカは世間体が悪い。かしこまったエッセイを書いているせいで、ネットには私のことを人格者だと思い込んで本を買っている人間がごまんといるし、そんな人たちに「伊藤亜和はあの妹尾ユウカと友達らしい」と知れたらどうなるだろう。きっと見限られて本が売れなくなるに違いない。数か月にいちどは、彼女の住まうネットの森から大きな火柱が立つ。その様子を見るたびに私はもはや彼女には、かつてのような良心はないのではないかと疑ってしまう。実際は昔から彼女のネットでの振る舞いは大して変わっていないのだが、長らく会わないとタイムラインに流れてくる彼女だけが本当のように思えてしまうのだ。
それでもこうして久しぶりにやり取りするLINEの文面は変わらず優しく情に溢れていて、矢継ぎ早に交わされる言葉が堪らなく楽しかった。思わず「週末空いてる?」と聞いてみると、すぐに「空いてるよ! 4日後に出産予定だから、家に来てもらってもいい?」と返事が来た。近々2人目の子どもが生まれるとは知っていたけど、まさかそんなに差し迫っていたとは。そんな時期に申し訳ないと思いつつも、私は彼女に会いに行くことにした。
2025.09.02(火)
文=伊藤亜和
イラスト=丹野杏香