この記事の連載

 
 

「結婚制度は女に不利なことしかない」という動かしがたい現実を前に、あえて法律婚へと突き進んでみたらどうなる? 「結婚」というライフイベントをきっかけに、私は私自身の強い欲望と、そんな私を見守ってくれる大切な人たちの存在を改めて確認することに。魔法のない時代に生きる「魔女」たちとの交流を描いたエッセイ、第8回です。後篇を読む)

 結婚することになった。年上の友人が「現時点での結婚制度は女にとって不利なことしかない」と言っているのを聞いた日、私はそのまま真っ直ぐ家に帰り、恋人と向かい合って正座をして「結婚してください」と言った。我ながら天邪鬼だなと思うが、人の言う通りにしたくないというよりは、実際どれくらい不利なことが起きるのか体験してみたいという動機だった。私は進んで変な飲み物を飲もうとするし、でんじろう先生の静電気実験なんかでも真っ先に手をあげるタイプだ。つらいとか痛いとか怖いとか、話を聞けばやってみたくてたまらなくなってしまう。これまで怪しい薬に手を出さなかったのは奇跡に等しい。もちろん、怖いもの見たさだけでプロポーズしたわけではない。私は彼のことをとても愛しているし、この世の全ての闇から彼を守らなければと常々考えていた。こういうとき、私は「守られたい」と思うことはほとんどない。私はいつも大切な人を「守りたい」と思っている。“世界中が敵になっても自分だけは味方でいる”なんて、いったいどんなシチュエーションだよと思う一方で、頭のどこかで大真面目にそんなことを思っている自分もいるのだ。

 籍を入れるとか、そういう具体的な話はまだ先だろうと思いつつ、面白半分で式場見学に行ってみた。私は結婚の話が出る以前から、もし結婚式をするなら横浜のホテルニューグランドにしようとぼんやり決めていた。山下公園から歩いて15分ほどの場所で生まれて、毎週土曜に氷川丸で合唱の練習をしていた私にとって、ニューグランドは青春の一部と言えるような場所である。それに、祖母は昔ニューグランドで掃除婦をしていたことをいつも自慢げに話していたから、できれば祖母が元気なうちに、今度はゲストとして孫の晴れ姿を見つつ過ごしてもらうことができれば、普段は文句ばかりの祖母もさすがに喜んでくれるのではと考えていた。

2025.07.01(火)
文=伊藤亜和
イラスト=丹野杏香