2023年の父の日にX(旧Twitter)に投稿された「パパと私」というエッセイが大きな反響を巻き起こし、日本最大の創作コンテスト「創作大賞2023」でメディアワークス文庫賞を受賞。新たな書き手として注目を集める伊藤亜和さんの初のエッセイ集『存在の耐えられない愛おしさ』から一部を抜粋し掲載します。


一族史上、はじめての大学生に

 自分が大学に行くなんて、想像もしていなかった。母子家庭で貧乏だし、一族中を探しても、大学に行った人間なんて誰のひとりもいなかったのだから。母はいくつか集めてきた受験生向けのパンフレットの中から、ひとつの冊子を指さして「ここはフランス語の学科があるし、小論文の試験があるから勉強ができなくても受かるかもしれない。受験料は一回分しか出せないから、落ちたら働いて」と言った。

 名前はなんとなく知っている大学だったけど、こんな私でもなんとなく知っているような有名大学は、きっとそう簡単に受かるものでもないだろう、とも思った。対策もせずダラダラと過ごして、いつの間にか試験当日になり、観光気分で受験した。小論文のテーマは1行と少し、「なぜ日本人は無宗教だと自称するにもかかわらず宗教行事をするのか」というようなものだった。

 短い問題文の下には大きな空白が広がる。今からここを埋めなければならない。少しわくわくした。正解はきっとないのだから、思いついたことをどんどん書こうと思った。小論文としてそれが優れていたかどうかはわからないが、合格できたということは全く見当違いと言うことでもなかったのだろう。かくして私は、一族の歴史上、はじめての大学生となった。

2024.08.08(木)
文=伊藤亜和
撮影=榎本麻美