この記事の連載

 夫を亡くしたあと癌で逝った実母と、高齢の夫と暮らす認知症急速進行中の義母。「ふたりの母」の生きざまを通して、ままならない家族関係を活写するエッセイ『実母と義母』(村井理子著/集英社)より、一部を抜粋し掲載する。


母の生活には、常に兄がいた

©aflo
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 私の実母は静岡県の港町に生まれ、そこで育ち、暮らし、結局、亡くなるまでそこを出ることがなかった。戸籍を辿ってみると、結婚直後に父とともに埼玉県川口市に転居し、数年暮らしたことがわかったが、それ以外はずっと、生まれ故郷の町に留まったままだった。旅行という旅行もしたことがない。友達と出かけることも少なかった。

 父が亡くなってからは、私に会いに京都まで来ていたが、私が彼女に京都で会ったのは数回程度だ。とにかく彼女の居場所は、祖母と暮らしていた実家と、駅前の喫茶店だけだったように思う。成人してから、母と一緒にどこかに出かけたり、ましてや旅行に行ったりした記憶はほとんどない。だから私には彼女がどんな女性だったのかいまひとつわからないのだ。

 海外にも、一度も行ったことがないはずだ。行こうと希望することすらなかっただろう。それだけ母の世界は狭かったと思う。狭かったというよりも、兄との共依存の関係が強固すぎて、逃げ場を失っていたのではないかと想像している。私が十九歳のときに父が亡くなってからは、よりいっそうその関係性は強くなり、がんじがらめに母を縛っていただろう。

 常に母の生活には兄がいた。常に兄をサポートする人生を送っていた。いつ何時話をしても、最終的に、話題は兄の生活のことになった。私はそれに疲れ果て、そして母と兄から距離を取った。

2023.11.22(水)
著者=村井理子