この記事の連載

 夫を亡くしたあと癌で逝った実母と、高齢の夫と暮らす認知症急速進行中の義母。「ふたりの母」の生きざまを通して、ままならない家族関係を活写するエッセイ『実母と義母』(村井理子著/集英社)より、一部を抜粋し掲載する。


当日の朝「やっぱり行きたくない」とゴネてきた母

©aflo
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 京都駅の新幹線のりばで待っていた私は、苛立ちを隠さなかった。数か月前から約束し、前日にも段取りを決めていたというのに、当日の朝になってやっぱり行きたくないと言うなんて、どうかしていると怒りを募らせていた。いつもそうなんだよ、この人は。まったく、何から何まで噓だし、いい加減だし、調子がいいし、自分勝手だ。

 母親が娘の子育ての手伝いをすることなんてよくある話で、むしろ、孫に会いたくてたまらないというのが普通の祖母なのではないのか。それなのに、この人ときたらドタキャンばかりを繰り返し、私を手伝おうという気持ちすらないのだ。

 私を苛立たせたのは母のそんな行動だけではなかった。ようやくやってきたと思ったら、自動改札機を前にして、母は一歩も前に進まなくなった。一体どうしてしまったのかと不思議になるくらい、母は困惑していた。手にした複数枚の切符を確認しながら、どれを改札機に入れればいいのかと悩み、足を完全に止めていた。後ろには迷惑そうな顔をした人たちがいた。

 私は苛立ちまぎれに大きな声で、ここに入れなよ! と改札機を指さした。母は困った表情のまま切符を恐る恐る改札機に入れ、そして私のほうに歩いてきた。母を連れて在来線に乗り換え、最寄り駅まで戻ったが、その間、母とはひとことも話をしなかった。母も押し黙ったままだった。

2023.11.22(水)
著者=村井理子