この記事の連載
- 『全員悪人』♯1
- 『全員悪人』♯2
60年以上、主婦を勤め上げてきた義母が認知症になった。何気ないひと言に激昂したり、疑心暗鬼になり、周囲の人々との間でトラブルを起こしてしまう。そんな義母の変化を、義母が筆者に語りかける形で描いたエッセイ『全員悪人』(村井理子著/CCCメディアハウス)。
その一部を抜粋・編集し掲載する(前後編の前編/後編を読む)。
みんな美人のケアマネさんに騙されてしまう
はじまりは、長瀬さんだった。笑顔がきれいな明るい人で、スタイルも抜群。五十代前半の、私よりは、ずっとずっと若い女性。
お父さんは、長瀬さんのことをとてもいい人だと言っていた。ベテランのケアマネさんだと教えてくれた。私が長瀬さんについて何か言うと、お世話になっているのだから、そんなふうに言うもんじゃないと私を叱る。
お父さんは馬鹿だから、すぐに騙される。特に美人だと、ころっと騙されて、さっさと家に入れてしまう。ケアだの、デイだの、ステイだの、英語を使って偉そうにしているけれど、長瀬さんのおかげでこっちは大迷惑だ。
初めて彼女が家にやってきた日のことは、今でもはっきりと覚えている。お父さんは、リハビリ入院を終えて、家に戻ってしばらく経っていた。私がこの日を記憶している理由は、私に対して、彼女がとても失礼なことを言ったからだ。
「そろそろゆっくり暮らされてはいかがでしょう。私たちにお手伝いさせてください。私たちに、なんでも話してください」と長瀬さんは言って、一緒に来ていたデイの責任者という人と、ちらっと視線を交わした。その瞬間、この二人は何か企んでいると、ぴんときたのだ。
「それからね、お母さん。とても大事なことをこれから言います。車の運転は、もうやめたほうがいいと思うんです。お父さんからも、車の運転をやめるよう説得しているけれど、聞き入れてもらえないというお話を伺っています。お家の敷地内で車をぶつけてしまわれたということも聞きました。
ご家族のみなさんがとても心配しておられます。これからは、息子さん夫婦にお父さんの通院の送り迎えはお任せしたらいかがでしょう。あるいは、タクシーだっていいじゃないですか。買い物はヘルパーさんにお願いすることだってできるんですよ」
突然こんな失礼なことを言われ、私は面食らい、そしてショックを受けた。
だから、猛然と反論した。
2023.08.07(月)
文=村井理子