東日本大震災発生から3週間のリアルな日々と被災生活を綴ったコミックエッセイ『今日、地震がおきたら』が、発売から2カ月で重版を繰り返す反響を呼んでいる。作者のアベさんインタビュー後篇では、1歳児と家に籠っていた時に襲われた感情、仕事に行く夫に対する思いなどについて振り返っていただきました。(インタビュー【前篇】を読む)
※記事内には震災の状況や、津波に関する記載があります。ご注意ください
》アベナオミさんインタビュー【前篇】を読む
》被災者による実録日記コミック『今日、地震がおきたら』の「3月12日」を読む
人の役に立てていないと感じて申し訳なかった
アベナオミ(以下、アベ) 3.11の後も、大変な日々があったということを知ってほしかったんです。メディアの取り上げ方というのは「当日のこと」になりがちですけれど、被災地にとって3.11は「はじまりの日」で、そこから生き残った人たちの大変な生活が始まっていく。たった1日つらいことを我慢するのは人間できるかもしれないけど、それが1週間、1カ月、それ以上続いていくわけで。いつになったら水は出るのか、「いつもの生活は戻ってくるのか」と思いながら生きるのは、本当に不安でした。
――不安の中で、次第にアベさんが誰かの役に立ちたい、でも1歳7カ月の子どもがいるから自由に動けない、「私は誰の役にも立っていない」という思いがのしかかることも、当時の大きな苦しみだったと描かれます。
アベ 阪神淡路大震災のとき、子どもながらに「役に立ちたい」という思いが湧いて。当時10歳でしたから、おこづかいを募金するぐらいしかなかったんですけどね。だから大人になって大きな災害があったらボランティアとして、困っている人たちの役に立ちたいと思っていました。そう思っていたのに自分が被災者になって。震災当時25歳、元気で動けるのに子どもひとり見ることで精一杯……ものすごく無力感を覚えていたんです。
――読んでいて、思わず「もっとエゴイスティックでいいじゃない、自分を優先して……!」と声掛けしたくなりました。もし今のアベさんが、当時の自分に声掛けできるとしたら、何を言われますか。
アベ うーん……「じゅうぶんだよ」ですかね。だって子ども1歳だよ、って(笑)。当時はそう思えなかった。歩いても行ける距離に津波に遭った地域が合って、ご遺体を運搬するヘリコプターの音も毎日感じて。私の住んでいた辺りは被害が少なかったこともあり、周囲から買い出しの人がたくさん来ていたんです。50キロ先の町から自転車でおむつの買い出しに来ていた男性がいました。もう自転車と体に満載していて、ご近所のママさんの分まで代わりに買っていて。そういう方を見るたび、私はまだ恵まれている、そして人の役に立てていないと感じて申し訳なかったんです。
