「美ではなく、希望を語る」
KANEBOはこのメッセージのもと、化粧やスキンケアを、日々を生き抜くための力として位置づけてきた。
年齢や環境、状況に左右されることなく、自分自身と向き合い、前を向いて生きる――。KANEBOの化粧品は、あらゆる人の人生そして日常に確かな「希望」を灯し続けている。
その世界では、未来は閉ざされることがない
角田光代
内戦によって住む場所を追われたシリア人が暮らす、ヨルダンのシリア難民キャンプを訪れたのは二〇一八年のことだ。広大な敷地は番号のついたブロックごとに分けられ、四角いプレハブ住宅が整然と並んでいる。子どもたちはキャンプ内で教育を受け、大人たちは職業訓練を受けたり、教師や衛生士など、ボランティアとして働いたりしている。けれどキャンプの外で就労したり、大学進学するのは、そうたやすいことではない。だれもが故郷に帰る日を夢見ているけれど、いつになるのかまったくわからない。
それでも、幼稚園、小学校、中学高校に相当するそれぞれのクラスを見学させてもらうと、子どもたちは陽気で元気いっぱいで、歓迎の歌を歌ってくれたり、お芝居を見せてくれたりした。
高校相当の年齢にあたる女の子たちのクラスを見学させてもらった際、休み時間に、ひとりの女の子が、「手を出して」と私に仕草で示す。彼女は筆と何かの用具を机に並べ、私の差し出した手のひらをそっと裏返すと、手の甲に、こまかい模様を描きはじめた。それを描く彼女の手の甲には、レースのように精密でうつくしい絵が、深いだいだい色で描かれている。
これが、邪悪なものから身を守り、幸運を呼ぶと言われている伝統的なボディアートであるとのちに知った。柄によって意味合いは微妙に異なるが、すべて幸福を約束するものだ。
ボタニカル模様のような絵柄を、下書きもなく、手本もなく、ていねいに、しかし迷いなく描いていく彼女の横顔を見ていたら、彼女が今作り出しているのは、希望に満ちた未来なのだと思った。幸福しか約束されていない、はてしなく自由な未来。まるで祈るように熱心に、彼女は筆を動かしている。私の手が終わると、彼女は、同行していた男性スタッフにも「手を出して」と笑いかけた。彼女が真剣なおももちで彼の手の甲に、またあらたな未来を作り出すのを、私は息をひそめて見守った。
キャンプをあとにし、東京に帰っても、私の手に施されたうつくしい世界は残っていて、しずかに色あせ、やがて消えた。それでも彼女が見せてくれたはてしない自由と未来は、今も私のなかに残っている。
角田光代(かくた・みつよ)
1967年神奈川県横浜市生まれ。早稲田大学第一文学部卒業。1990年『幸福な遊戯』で海燕新人文学賞を受賞しデビュー。2005年『対岸の彼女』(文春文庫)で直木賞受賞。ほか野間文芸新人賞、坪田譲治文学賞、中央公論文芸賞、柴田錬三郎賞など受賞歴多数。映像化でも注目を集めた『八日目の蝉』『紙の月』『空中庭園』など著書多数。
Edit & Text=Kanako Shibuya Photographs=Hiroki Watanabe(TRON)
CREA 2026年春号
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