この記事の連載

 60年以上、主婦を勤め上げてきた義母が認知症になった。何気ないひと言に激昂したり、疑心暗鬼になり、周囲の人々との間でトラブルを起こしてしまう。そんな義母の変化を、義母が筆者に語りかける形で描いたエッセイ『全員悪人』(村井理子著/CCCメディアハウス)。

 その一部を抜粋・編集し掲載する(前後編の後編/はじめから読む)

©AFLO
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 実はあなたに言い忘れていたことがあります。お父さんのことです。今、家にいるお父さんは、実は本物のお父さんではなく、病院に入院しているお父さんが私にプレゼントしてくれたロボットなのです。名前は「パパゴン」といいます。 

 可愛いでしょ? 

 入院が長くなったお父さんが私を心配して、寂しくなったら、わしの代わりのロボットと話をすればいいと宅配便で届けてくれました。すっかりこのことを忘れ、お父さんは冷たくなったと思っていましたが、なにせ相手はロボットだから、仕方がないことですよね。こんな理由で、毎日喧嘩が絶えないのです。 

 あなたは心配してくれましたが、大丈夫。あれ、ロボットですから。何をやってもべつに問題じゃないんですよ。驚きました? ごめんなさい、今まで黙っていて……。 

「知らない人にそんな話をしてどうする」

 パパゴンは、私が何か口にするたびに、「そんなことを言うもんやない」と叱る。家の前を歩いている人に、「こんな山奥に家を建ててしまって、車がなければ身動きも取れないんですよ。後悔しています」と嘆いたら、「知らない人にそんな話をしてどうする」と怒る。

 私が中学生時代に器械体操を習っていたことを、スーパーの生鮮食品売り場で出会った人に話して、何が悪いというのか。私が古い友達に電話をして、暑い夏の日にお父さんが脳梗塞で倒れたこと、リハビリのために入院したこと、だから、しばらく一緒に出かけることはできないと伝えることの、何が悪いというのか。 

 パパゴンは、何度も何度も電話をしたら迷惑だと言うけれど、私はたった一度しか電話はしていないはずだ。 

2023.08.07(月)
文=村井理子