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息子は「え?」と……

 「今、お父さんに似た人がお風呂に入っているんやけれど、お父さんやないように思う」と私がそれとなく言うと、息子は「え?」と言って、驚いた様子だった。 

「親父やないってどういうことや? かあさん、何を言うてるんや?」 

「だから、今、お風呂に入っている人は、お父さんやないかもしれへんってことを、あんたに伝えようと思って。知っておいて欲しいんよ」 

 息子はしばらく黙っていたけれど、静かな声でこう言った。 

「それやったらかあさん、今からもういっぺん風呂に行って、そのパパゴンとかいう偽者の顔を見てきたらええやん。左の目の上に傷があったら、それは間違いなく親父やから」 

 私は受話器を置いて、急いで風呂場に戻り、気づかれないようにドアを細く開けて、なかにいるパパゴンの左目の辺りを見た。 

 確かに傷がある。 

 なんて完璧なロボットだろう。敵ながらあっぱれとは、こういうときに使う言葉なのだろう。息子やあなたを心配させたくなくて、私は急いで電話まで戻り、受話器を手に取った。 

 「ごめんごめん、お父さんやったわ。お父さんに間違いないわ」と、努めて明るく言った。息子は、安心した様子で電話を切った。 

©AFLO
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 パパゴンはいつの間にか、私が用意した下着とパジャマを身につけて、リビングでテレビを見ていた。お父さんがいない間だけのことだと我慢していたものの、偽者のくせに偉そうな態度をしているパパゴンに腹が立って、私はこう言ってやった。 

「あんた、いつからこの家に住んでるつもりや?」 

 パパゴンは「え?」と私に聞き返した。お父さんとそっくりのパパゴンは、お父さんと一緒で耳まで遠い。 

 「だから、あんたはいつからここに住んでいるつもりなんやって聞いてるんよ」と私は、もう一度、冷淡に言ってやった。するとパパゴンは、「いつからって、三十年前からや。この家を建てたときに、ここに越して来て、それからずっとここにいるやないか」と、憮然として答えた。 

 私はパパゴンを睨みつつ、真実を突きつけてやった。 

「何を言うてんの。あんた、最近ここに来た人やないの? 三十年もいるわけがあらへんやない。せやろ?」 

 図星ですよね、偽者さん。 

 するとパパゴンは悲しい目をして、「もうええわ」と言った。 

 何がもういいですか。よかないですよ、逃げるんですか?と私が聞くと、パパゴンは何も言わなかった。静かに寝室に入って、それからしばらく出てはこなかった。 

 私は寝室のドアに向かって「今日はもう遅いからここに泊まりますけど、明日の朝に私は出て行くんやからね!」と怒鳴ってやった。パパゴンは応えなかった。 

全員悪人

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2023.08.07(月)
文=村井理子