この記事の連載
- 『実母と義母』#1
- 『実母と義母』#2
旅行に誘っても、決まって直前にドタキャン
結婚して、仕事が軌道に乗り、経済的に安定してからというもの、私は幾度となく母を誘って旅行に行こうとした。別に遠くに行く必要はない。京都でいい。母が一度も行ったことがない寺や神社に行き、美味しいランチを食べて、散歩をして、旅館に泊まればいい。旅行だけではない、母には何度も私の家に来てくれと頼んでいた。
母はその都度、うれしそうにしてくれ、京都に旅行も行きたいし、あなたの家にも行きたい、兄ちゃんはうるさくて嫌だけど、やっぱり娘はいいわねと言うのだが、直前になると決まって「用事ができた」とか「お店を休むことができない」と理由をつけてはキャンセルが続いた。
もしかしたら、旅行に出る直前に不安になるのかもしれないと思った。というのも、私自身がそんな気質なのだ。不安な気持ちになっても、とにかく目的地に行けば楽しむことができるのだが、直前に億劫になってしまう。なんとなく気持ちがどんよりとする。もうやめちゃおうかなと本気で考える。母ももしかしたらそんな気持ちになっているのかもしれない。そうであれば旅行を無理強いすることは可哀想だと思い、突然のキャンセルにも文句は言わなかった。
それでも、私の家に来ることだけはねばり強く誘い続けた。孫に会うのもいいだろうし、母が住む故郷と私が今現在住む場所は雰囲気がまるで違うことも知ってほしかった。山々と琵琶湖に挟まれた土地に建つ私の家の周りは自然が豊かで、時間の流れがスローだ。狭い港町とは空気も、空の色も違う。狭い世界に生きる母が新しい環境を、私が大好きな場所を目撃する瞬間に立ち会いたかった。
でも、私がいくら誘っても、旅費は出すからと言っても、結局、母がわが家にやってきたのは一度だけだった。それも、当日の朝になってやはりキャンセルしたいと電話があり、私が激怒し、激怒した私に無理矢理説得される形でやってきたのだった。
実母と義母
定価 1,650円(税込)
集英社
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2023.11.22(水)
著者=村井理子