フランス語を学べば、父と“本当の親子”になれるのでは

 私の合格した、文学部のフランス語圏文化学科というところは、最初にみっちりとフランス語を学んだあと、フランス語圏に関するさまざまなことについて学ぶことができる。フランス語圏ということは、フランス以外にもカナダやアフリカ、父が生まれ育ったセネガルも対象になるということだ。私は父がどんな人間なのか知りたかった。父の心や思想を作った言葉を学べば、今からでも本当の意味で理解し合う親子になれるのではないかと思っていた。

 面接ではいろいろと難しいことを言ったけれど、私がフランス語を勉強する理由なんて、本当はそれしかなかったのだ。最初の授業で習った簡単な挨拶を父に披露すると、父は嬉しそうに続けて早口のフランス語で私に何かを言った。まだ丸暗記で話していただけだったから、あの日父がなんと言ったかはわからずじまいだ。父は難なくフランス語を話すことができるのに、私が得意になってLINEのひとこと欄に書いた「Je le suis parce que je pense(我思うゆえに我在り)」の意味は知らなかった。

 父はまともに学校に行ったことがなかったから、デカルトのことなんて知らなかったのだろう。父に「変なフランス語。どういう意味?」と聞かれて、うまく説明できなかった私は気まずそうに笑って「わかんない」と答えた。父は私に「たくさん勉強して。亜和は偉くなる」と言った。大学に入学して1ヶ月ほど経って、私と父は喧嘩をした。それから今日まで、いちども会っていない。もうすぐ10年経つ。

 結局、フランス語はロクに身につかないままお情けで卒業を許され、私は社会に放り出された。就活は受かるはずもない高倍率の出版社や、映画の配給会社を数社受けただけで早々にリタイアしてしまったので、これから何をするかはなにも決まってはいなかった。

2024.08.08(木)
文=伊藤亜和
撮影=榎本麻美