この記事の連載
その灯は星に似て
灯台を一望できる展望台に場を移せば、空には雲が目立ち始めていた。明日はいよいよ雨になるのだろう。空には白雲黒雲が入り混じり、強い風がそれらの形をどんどん変えていく。そんな光景のただなかにあって、端然と空を指す白亜の灯台のたたずまいは気高くすらあった。
約四十年前に作られたこの展望台は、長い岬の先端に位置し、ぐるりと見渡す限りの海が望める。断崖を一つ挟んだ場所には現在、バリアフリーに対応した新たな展望台が築かれており、間もなく開放が始まるそうだ。
足摺岬はこれまで、あるいは宗教の場として、あるいは観光地として、多くの人々を受け入れてきた。
灯台守の方々の宿舎がすでに南国の緑に飲み込まれ、また新たな展望台が作られるように、灯台を取り巻く環境は日々刻々と変化する。
「今のこの展望台も素晴らしいですが、あちらからの眺めも素敵なのでしょうねえ」
呟く間にも、幾隻もの船がしきりに沖を行き交ってゆく。展望台備え付けの双眼鏡で眺めれば、肉眼では一つまみほどの大きさと見えたそれは、巨大なタンカーや山ほどの荷を積載したコンテナ船だった。それらがあまりに小さく映る事実に、海の広大さをつくづく思い知らされる。
陸地にいるとつい忘れがちになるが、我々の生活は諸外国との貿易によって―遥かなる海を越えてやってきた様々な品によって築かれている。そして今なお多くの船舶が海を行き交い続けられるのは、ひとえに長年、灯台が絶えることなく海を守り、その経験を今日に受け継いで来ればこそだ。
土地を知るとは、そこに生きた人々の思いに触れることだ。
西洋式灯台が初めて日本に出来て、百五十余年。その役割は様々な技術の進化のおかげで変化し、運用方法も大きく変化しつつある。しかしそれでも灯台を必要とする人の思いは―そこに灯台を求めた歴史は決して変わりはしない。いや、むしろ激しく変化する世の中にあればこそ、灯台はその土地の記憶を刻み、過去と現在、そして未来を変わらぬ光で結び付け続ける。そしてそれこそが我々が灯台を訪れる意義にして、灯台を求めずにいられぬ理由なのだ。
「その明かりを遠くから見ると星に似ている」
と、かつてプリニウスは灯台の灯を評した。
異なる時間、異なる場所にあろうとも、同じ一つの星を仰ぐことで、人は誰かと思いを共有することができる。
また灯台に行こう、とわたしは思った。かつて確かにそこにいた人を、その土地の記憶について知るために。
灯台を巡る旅は、むしろこれからなのだ。
室戸岬灯台
所在地 高知県土佐清水市足摺岬
アクセス 土佐清水市役所より車で約20分(15km)
灯台の高さ 18
灯りの高さ※ 60.6
初点灯 大正3年
※灯りの高さとは、平均海面から灯りまでの高さ。
海と灯台プロジェクト
「灯台」を中心に地域の海と記憶を掘り起こし、地域と地域、日本と世界をつなぎ、これまでにはない異分野・異業種との連携も含めて、新しい海洋体験を創造していく事業で、「日本財団 海と日本プロジェクト」の一環として実施しています。
https://toudai.uminohi.jp/
◎愛知県に甦った現代の灯台守
「海と灯台プロジェクト」が実施する「新たな灯台利活用モデル事業」の一環として、現代版灯台守というべき試みが愛知県美浜町でスタート。一般公募で選ばれたカメラマンの仙敷裕也さんとパートナーの佐々木美佳さんが、野間埼灯台を活用した様々なイベントを仕掛けていくそう。宣伝用WEBを制作した2人は、ウェディングフォトサービスやマルシェなどの開催を計画中です。
オール讀物 2024年 3・4月「直木賞発表」 合併号
定価 1,400円(税込)
文藝春秋
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その土地の物語を読み解く
“灯台巡り”の旅へ
2024.04.04(木)
文=澤田瞳子
写真=橋本 篤
出典=「オール讀物」2024年3・4月号
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