そのまま録音を始めた。針は「Last Serenade」を滑っていく。ヴォコーダーで岡田さんが「ここには何も なかったなんて うれしい」と歌っていて、活動休止の宣言でもあった一曲の歌詞がこれだもの、なんて意地悪なグループなんだろう、って笑いながら涙が出た。そうして曲が終わると各メンバーの声で「Ciao!」と言うのだった。この仕掛けのことを忘れてしまっていた。加工されて誰の声だかわからない声もあったのだが、それもとても「らしく」思えてさらに泣けてきた。ノイズが被さっていき、このままレコードは終わる、はずが、レコードは回り続け、インナーグルーヴに刻まれたノイズがループされていた。そうだった、当時は「サージェント・ペパーズ」の引用だ! アナログ盤であることを利用した最高の幕引きだ、本当の「さよならロックンロールじいさん、ロックンロールばあさん」(ムーンライダーズの前身バンド、はちみつぱいの解散コンサートで「さよならロックンロール少年、ロックンロール少女」と鈴木慶一さんは言ったと伝えられている)だよ、だなんて感動していたはずなのだが、この仕掛けのことも忘れてしまっていた。そうして、こちらが針をあげない限り音が鳴り続ける、ということのある意味での残酷さ、またある意味では希望のようなものを感じる。針をあげると本当に終わってしまう気がしてしまう。でもこのノイズをしばらく録音してこちらでフェイドアウトするのも、違う気がした。そこで私はターンテーブルの電源を落とす、という選択をしていた。私が角張社長から譲り受けたTechnicsのターンテーブルは電源を落とすと、スンとモーターが止まってしまうのではなく、だんだんとレコードの回転数が落ちていって最終的には止まる、という仕組みになっている。針をあげない限り音が鳴り続けるという残酷さと希望のようなもののどちらも掬いとれるような気がしたのだ。ただの盤起こしのはずだったのだけど、意味がひとつ乗ってしまったことに戸惑いやためらいもあり、これを提出するべきか迷ったのだけど、深夜の勢いで送ってしまうことにした。翌朝、目を覚ますと慶一さんから「素晴らしいアイデア、泣いちゃうね」と返信が来ていて、胸を撫で下ろした。

 2023年6月25日(日)のムーンライダーズのライヴは、もともとは昨年末ぐらいから通常のライヴとしてスケジュールが押さえられていたライヴだった。しかし岡田さんの急逝を受けて、追悼の側面もあるライヴに切り替わった、という経緯がある。ライヴが決まった頃、「6月のライヴは岡田さんが譜面をずっと目で追ったりしなくていいように体に入ってる曲とか多めに入れましょうよ」なんて私から野田さんに話していたりもしていて、そういう流れもあってか、福岡でのライヴの打ち上げで「次は澤部くんと優介くんでセットリストを考えてよ」と白羽の矢が立った。優介と二人で骨組みを作り、そこにメンバーが手を入れていき、当日のセットリストになったことも記しておきたい。この日、岡田さんはステージには立てなかったけど、2013年に亡くなったかしぶち(哲郎)さんも、岡田さんもステージには居たようです。そして、言葉で語ったり、文章に残すことも大切だけど、岡田さんの作った曲を演奏したり、歌ったり、聴いたりすることが追悼になるんだ、と改めて感じた夜になった。

澤部 渡(さわべ・わたる)

2006年にスカート名義での音楽活動を始め、10年に自主制作による1stアルバム『エス・オー・エス』をリリースして活動を本格化。16年にカクバリズムからアルバム『CALL』をリリースし話題に。17年にはメジャー1stアルバム『20/20』をポニーキャニオンから発表した。スカート名義での活動のほか、川本真琴、スピッツ、yes, mama ok?、ムーンライダーズのライブやレコーディングにも参加。また、藤井隆、Kaede(Negicco)、三浦透子、adieu(上白石萌歌)らへの楽曲提供や劇伴制作にも携わっている。2022年11月30日に新しいアルバム『SONGS』をリリースした。
https://skirtskirtskirt.com/

Column

スカート澤部渡のカルチャーエッセイ アンダーカレントを訪ねて

シンガーソングライターであり、数々の楽曲提供やアニメ、映画などの劇伴にも携わっているポップバンド、スカートを主宰している澤部渡さん。ディープな音楽ファンであり、漫画、お笑いなど、さまざまなカルチャーを大きな愛で深掘りしている澤部さんのカルチャーエッセイが今回からスタートします。連載第1回は新譜『SONGS』にまつわる、現在と過去を行き来して「僕のセンチメンタル」を探すお話です。

2023.07.22(土)
文=澤部 渡
イラスト=トマトスープ