ディープな音楽ファンであり、漫画、お笑いなど、さまざまなカルチャーを大きな愛で深掘りしている澤部渡さんのカルチャーエッセイ連載第6回。今回は大好きなバンド、スパークスハリウッド・ボウルで見るためにアメリカを旅したお話です。

 2023年の2月にとんでもないニュースが飛び込んできた。私の大好きなアメリカのバンド、スパークスが彼らの地元、ロサンゼルスのハリウッド・ボウルでライヴをやるというのだ。一度はアメリカでは受け入れられず、活動の拠点をイギリスに移し、国やスタイルを超え、ポップ・ミュージック激動の50年を駆け抜けた彼らが、ビートルズが、YMOが立ったあのハリウッド・ボウルに立つ……スパークスが故郷に錦を飾るのだ!! それだけでも充分とんでもないニュースなのだが、サポート・アクトとしてゼイ・マイト・ビー・ジャイアンツ(以下:TMBG)の出演もアナウンスされていた。10代の頃の私が憧れ、今に至るまで影響を受けてきた2つのバンドがそんなスペシャルなライヴに臨むなんて! 行ける人たちが羨ましい! 行きたい! と思ったのだが、海外にライヴを観に行くなんて今の経済状況が許さない。寂しいけれどこれが売れてるか売れてないかわからないバンドの現実だ。もしもお金が空から降ってきたら行こう、ぐらいの気持ちでニュースを受け取った。

 それからしばらくすると、なんとお金が空から降ってきたのだ。正確にいうならば、著作隣接権ありがとう。私はすぐ、松永良平氏にコンタクトを取り、ファミレスで「アメリカとは」ということを訊き、おすすめのグルメ、おすすめのレコード屋、おすすめのホテルなどをチェックした。そして、愚者であることの証明にすり切りいっぱいこの泡銭、使わせてもらうさ、とLCCではなくANAの便を押さえた。本当は座席の広さを慎重に見比べた結果、「約11時間のこの航路、この肥満体、LCCで行ったら多分死ぬ」と思っての選択でもあった。実際に飛行機代とホテル代が口座から引き落とされると、もっと別のことにお金を使うべきだったんじゃないか、と落ち込んだのだが、スパークスとTMBGが同じステージで、それもハリウッド・ボウルでライヴをするというこのタイミングでスケジュールが空いていて、たまたまお金があったという幸せを噛み締めることにした。感覚としてはクイック・ジャパンでやらせてもらったカーネーションの取材でいただいたギャランティで岡村靖幸さんのDVDBOXを買った時と同じお金の使い方である。

 スパークスに出会ったのは10代だった大学生の頃。ニューウェーヴが好きだったけど、どうやって他の音楽に出会ったらいいのかわからず、ニコニコ動画のニューウェーヴ・タグを辿っていた記憶がある。その中に「The Number One Song In Heaven」はあった。性急なビート、飛び交う電子音、でもドラムは生でロック感があり、そしてこの上なく素晴らしいメロディが乗ったその曲に私はノックアウトされた。一般的に12歳から19歳までの間なんて毎日人生が変わるようなことが起きていると思うが、その瞬間も間違いなくそのひとつだった。「The Number One Song In Heaven」は間違いなく人生の一曲のひとつと言っていい。

 TMBGに出会ったのは高校生の頃。yes, mama ok?の金剛地武志さんに教えてもらったのがきっかけだ。yes, mama ok?のジョークなのか本気なのかわからないそのスタイル、いにしえより伝えられた言葉を使うならば「おもちゃ箱をひっくり返したような」アルバムの世界の根幹(のひとつ)にはTMBGが居ると知り、CDショップや図書館やレンタルショップを回り、少しずつ聴いていった。思い出深いのは移転する前の神保町のディスクユニオンで買った『A User’s Guide to They Might Be Giants』というベスト盤だ。アルバムを1枚か2枚聴いた段階でこのアルバムを聴いたから、リアルタイムでTMBGを聴いていた人がよく言う「バンドになってからはちょっとね」(元々は2人だけでアルバム制作やライヴをおこなっていたが1994年以降はバンド編成で活動を行っている)に陥らないで済んだ。その中でも「Birdhouse In Your Soul」は美しい曲で、ちいさきものの目線を持ったこの曲は私の人生の一曲になっている。

 現実とハイラルを行ったり来たりしているうちにあっという間に7月になっていた。仕事が忙しい、といいながらもハイラルにいる時間を割けば下調べだって、旅支度だってもっと余裕をもってできたかもしれない。でもそれをやれなかった。35歳の夏が来ている。慌てて荷造りをして、結局忘れ物をいくつもしてしまった。

2023.08.25(金)
文=澤部 渡
イラスト=トマトスープ