●地元の神奈川県大和市を映像に収めたい
――その後、11年に綾野剛さん主演の『孤独な惑星』で脚本家デビューし、翌12年には『夜が終わる場所』で監督デビューされます。
美学校での実習の授業で書いた脚本をもとに、どんどん大きくなっていった企画が『孤独な惑星』でした。そして、そのときに参加してくださった撮影監督の芦澤明子さんから、「いい企画があれば、またやりましょう」と言われたことで、作り始めたのが『夜が終わる場所』でした。この2作での経験はとても勉強になりましたが、まさか渋谷のユーロスペースで上映されるとは思いもしませんでした。
――デビュー作はトロントやサンパウロなどの海外の映画祭での評価も高く、15年には中国・タイ・シンガポールの映画製作者たちとオムニバス映画『5 TO 9』に参加。永瀬正敏さん主演の日本パートの監督を担当されます。
デビュー作の後に、かなり進めていた企画が流れ、ベルリン国際映画祭に呼ばれるも、アジア人に対する差別を感じたことがきっかけで、そのときに出会ったアジア人の監督たちと「一緒に何かやろう」というところから始まった企画でした。この作品も世界中の映画祭で上映されましたが、この頃の自分は「今後、映画を撮れるのか?」と常に心配でしたね。
――そんななか、宮崎監督の地元である神奈川県大和市を舞台にした長編2作目『大和(カリフォルニア)』を撮られ、“土地と音楽”という現在に至る宮崎監督の作家性が打ち出されます。
今後、何があるのか分からないので、とりあえず地元を映像に収めたいという気持ちから始まった『大和』でしたが、とにかく製作費がなかったんです。それで幼稚園のときの同級生に頼み込んで、出資してもらいました。厚木基地という大きな存在に気づいたため、それを軸に物語を作っていき、ジム・ジャームッシュ監督が好きなこともあり、自分も映画と音楽をメインテーマにしていこうと意識的に思いました。この映画のラップミュージックについて言うと、2010年代に相模原を拠点とする面白いラッパーが出てきて、彼らが書くリリック(歌詞)にも強く共感したんです。それを映画に取り入れることはできないか、と思ったのがきっかけです。
2023.07.21(金)
文=くれい響
写真=細田 忠