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「灯台守」という仕事

「あのう、今さらなのですが、どうやったら灯台守になれるんです?」

 戦前は灯台守を養成する専門の部署があり、その職に就けるのはいわゆるエリートであったと聞くが、戦後、灯台業務は海上保安庁が所轄している。

「今はなくなっちゃいましたが、私の頃は、海上保安学校灯台課程というものがありましてね」

「実は、私と先輩後輩の関係なんですよ」

 この時、後ろから愉快そうに声をかけてきたのは、道中、Hさんの説明に時折補足を入れてくれていた第四管区海上保安本部交通部のMさんだった。

「ということは、海上保安部に入ってから上の人に灯台のお仕事を割り振られるわけではなくて、ご自分で灯台の仕事に就きたいとお考えになったわけですよね?」

「そうです」

「Hさんは、何か灯台で働きたいと思われた切っ掛けがあったんですか?」

「海が好きだったからですね」

 なんとも歯切れの良い即答であった。

「実は、私の生家の屋号には『海』と『照』がついていまして、漠然と自分は海に関わる仕事をするんだと思っていました。中学生の頃だったかな。灯台守という仕事があると知って、これだと思ったんです」

 どういう職種であれ、人が天職と出会う時というのは、こういうものなのかもしれない。

 全く違う仕事ではあるが、私も、この世に小説家という存在があると知った時、全く同じことを思った。Hさんとお話をしていると、言葉の端々に灯台守という仕事に対する誇りと、灯台そのものへの深い愛情が感じられたが、それはこういった自負があってのことかと、共感すると同時に大いに納得したのだった。

歴史もスイーツも。灯台巡りを堪能する

 安乗埼灯台には、立派な資料館がある。

 初代灯台の3分の1スケールのレプリカや、かつて実際に使われていたもの、灯台そのものについて知ることの出来る展示がたくさんあった。

 私の場合、贅沢にも実際に灯台で働かれている方に色々と教えてもらえたが、ふらりと遊びに来たとしても、ここで安乗埼灯台のあれこれをしっかり知ることが出来るようだ。

 そして灯台前の広場には、名物「きんこ芋・ぎんこ芋」を使ったスイーツが食べられる灯台カフェ、きんこ芋工房上田商店さんがあった。中には、このスイーツを目当てに灯台にやって来る方もいるということで、我々もしっかり頂いた。

 私は、たっぷりの芋蜜がかかったきんこ芋プレミアムパフェを頼んだのだが、これが本当に美味しかった! 特に、パフェに使われていたきんとき芋チップスがめちゃくちゃ気に入って、正直、いくらでも食べられると思った(しっかりお土産に頂きました)。

 灯台を回り、資料館を見て、パフェを楽しんでいるうちに、いつの間にか日が傾いている。帰りの電車を考えるともう時間がなかったが、旅の最後に、灯台からすぐ近くの安乗神社にお参りをした。

 安乗神社は、敷地自体は決して大きくはないはずなのだが、鳥居からは直接海が見えることといい、お参りの際は「どんどんどどん」というリズムで太鼓を叩く決まりがあることといい、強い存在感を持つ神社であった。

 サメの刺されたお守りは「波乗守」といい、サーファーなどの間で「安全に、よい波に乗りたい」という願いを叶えるものとしてとても有名なのだという。

 神社の駐車場で、お世話になった皆様とお別れをすることになった。

「頑張って、きっとよい紀行文を書きます。本当にありがとうございました」

 我々の乗る車が動き出しても、皆さんは、こちらの姿が見えなくなるまでずっと見送ってくれていた。

 ―こうして私の灯台の旅は終わった。

 当初の期待通り、綺麗な光景を見て、美味しいものをたくさん食べられたけれど、それだけではなかった。

 単に綺麗なランドマークと思っていた灯台は、今ここに至るまでに、恐ろしいまでの歴史を重ねてきている。

 過酷な環境下で、人の命、海の安全を守ってきた灯台は、唯一無二のオーダーメイドなのだ。建設当初からその土地に根差した知恵と工夫と努力が積み重ねられて来たのであり、その裏には、そこで生きる人々の生きざまがあった。

 東京に戻ってからというもの、いつもと同じようにテレビを見て、ネットサーフィンをしていても、灯台を見つける機会が増えた気がしている。

 私の灯台への見方が変わったせいだろうが、この眼差しはきっとこれから、一生変わることはないだろう。

安乗埼灯台

所在地 三重県志摩市阿児町安乗794-1
アクセス 近鉄鵜方駅から三重交通バス安乗線(安乗方面)乗車、安乗埼灯台口下車、徒歩10分
灯台の高さ 15m
灯りの高さ※ 35m
初点灯 明治6年
https://www.iseshima-kanko.jp/spot/1221
※灯りの高さとは、平均海面から灯りまでの高さ。

海と灯台プロジェクト

「灯台」を中心に地域の海と記憶を掘り起こし、地域と地域、日本と世界をつなぎ、これまでにはない異分野・異業種との連携も含めて、新しい海洋体験を創造していく事業で、「日本財団 海と日本プロジェクト」の一環として実施しています。
https://toudai.uminohi.jp/

海にまつわる地域伝承をアニメで

島国である日本と海との関わり、そして地域の誇りを子供たちに語り継ぐ「海ノ民話のまちプロジェクト」では、続々と新作アニメが完成しています。一般社団法人日本昔ばなし協会の推進のもと、物語での地域おこしを行っています。
2018年の発足以来、これまで40作品以上が公開されました。YouTubeで全話見られるほか、アニメ上映会などのイベントも随時開催中です。
https://www.youtube.com/@user-ig1xv2rd7r

オール讀物 2023年5月号

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次の話を読む直木賞作家・門井慶喜が 近代日本の歴史から 灯台を読み解く 瀬戸内海を見守り続けてきた鍋島灯台

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