この記事の連載
歴史と文化を感じる新たな旅 “灯台めぐり”に出かけよう 石川県・能登観音崎灯台【前篇】
歴史と文化を感じる新たな旅 “灯台めぐり”に出かけよう 石川県・能登観音崎灯台【後篇】
朝日が昇り、夕日が沈む岬に佇む ポルトガル・ロカ岬を彷彿とさせる 石川県珠州市・禄剛埼灯台へ
外つ国と能登半島の交流の歴史を語る 石川県珠州市・禄剛埼灯台【後篇】
“パンダ灯台”の愛称で知られる 生地鼻灯台は外つ国との交流を 示す語り部【富山県最古の灯台】
敦賀半島の先端で日本海を照らす 福井県敦賀市のシンボル・立石岬灯台
作家・阿部智里と行く、灯台巡りの旅 八咫烏の聖地・和歌山県は紀伊半島 潮岬灯台は本州最南端ののぼれる灯台
【和歌山県・樫野埼灯台をゆく】 大きな悲しみの先に生まれた トルコと日本を繋ぐ確かな絆
幸運をもたらす光を放つ 三重県志摩市・安乗埼灯台 岬の突端に聳えるその姿はどこか荘厳
直木賞作家・門井慶喜が 近代日本の歴史から 灯台を読み解く 瀬戸内海を見守り続けてきた鍋島灯台

現在、日本に約3,300基ある灯台。船の安全を守るための航路標識としての役割を果たすのみならず、明治以降の日本の近代化を見守り続けてきた象徴的な存在でもありました。
建築技術、歴史、そして人との関わりはまさに文化遺産と言えるもの。灯台が今なお美しく残る場所には、その土地ならではの歴史と文化が息づいています。
そんな知的発見に満ちた灯台を巡る旅、今回はデビュー作『烏に単は似合わない』で松本清張賞を最年少で受賞し、以降続く「八咫烏シリーズ」が人気の作家・阿部智里さんの灯台巡り最終日。「美しい」という言葉がよく似合う、三重県志摩市・安乗埼灯台を訪れました。
» 阿部智里と行く、灯台巡りの旅。和歌山県・潮岬灯台篇を読む
» 阿部智里と行く、灯台巡りの旅。和歌山県・樫野埼灯台篇を読む
どこか荘厳に感じられる佇まいの安乗埼灯台

『海と灯台プロジェクト』の企画によってやってきた、灯台巡りの最終日。
私達が訪れたのは、三重県志摩市にある安乗埼灯台であった。
急勾配の坂道をのぼり、ようやくたどり着いた灯台の駐車場には、第四管区海上保安本部、志摩市産業振興部観光課、志摩市灯台活用推進協議会の方々が勢ぞろいしていた。
「ここまで来るの大変でしたでしょう。ここの灯台はすごく綺麗だし、広場もあるし、イベントにはうってつけなんですけどね。アクセスが悪いのが残念です」
もっと多くの方に来て欲しいんですが、と、そう言いながら先頭に立って灯台を案内してくれたのは、鳥羽海上保安部のHさんだった。

安乗埼灯台は、木下惠介監督の映画『喜びも悲しみも幾歳月』の舞台になっている。この映画は全国の灯台に赴任する過酷な灯台守の生活を描いた作品であり、灯台記念日の式典で主人公が挨拶をするシーンがここで撮られているのだ。
しかし、もとは撮影場所の第一候補ではなかったらしい。晴れがましい式典の画を撮りたいのに、監督が納得するようなロケーションが中々見つからず、3基目にしてようやく「ここだ!」となったのが、この灯台だったそうだ。
そんな前評判に違わず、安乗埼灯台は本当に美しい灯台であった。
この日は、前日、前々日の不穏な雲行きが嘘のような快晴であった。真っ青な空の下、南の気候を感じる緑の鮮やかな岬の突端に、白く四角い灯台が堂々と聳え立っている。円筒形だった潮岬灯台とも、螺旋階段付きのぽってりした可愛らしいフォルムの樫野埼灯台とも全然違う。よく手入れのされた芝生の広場の向こうに四角柱の塔がしゃっきりと立つ光景は、優美というよりもどこか荘厳に感じられた。
2023.05.06(土)
文=阿部智里
写真=橋本 篤
出典=「オール讀物」2023年5月号