「私はいつかこの島を訪れてみたいと思っていた」

 宿は古民家をリノベーションした素敵な宿泊施設で、古木の柱や梁には時間が染みつき、畳は清潔で、欄間は風情があった。テレビやWi-Fiなど、都会人がストレスなく過ごせるように万事つつがなく差配されていた。トイレも温水洗浄便座だった。

 さっそくインターネットに接続して、つぎなる灯台の情報にアクセスした。前述したそそられる風体の灯台は、小値賀島のお隣の斑(まだら)島に建つ斑島灯台だ。さらに調べていくと、両島は百五十メートルほどしか離れておらず、斑大橋でつながっていることがわかった。旅行者がアップした写真のなかで、斑島灯台は孤独で、楚々としていて、こう言ってよければ、どことなくスコットランド的だったので、私はスコッチウイスキーが飲みたくなった。明日にはこの灯台と風景が、まるごと私のものになる。浮き立つような気分で、私は斑島灯台の写真を眺めた。

 くたびれ果てて脚は棒のようだし、古民家宿が素敵すぎてもう一歩だって外へ出たくなかったが、翌日は朝も早くからお隣の野崎島へ行かなくてはならない。しかし、文句は言えない。なにしろ野崎島へも行ってみたいと言い出したのはほかの誰でもなく、私自身なのだから。

 じつは野崎島もヘリコプターから見ていた。そのとき低空飛行で垣間見た旧野首教会のたたずまいに、私は一瞬で心を奪われた。

 そのむかし、五島列島にはキリシタンがたくさん潜伏していた。上空から見ると、いくつもの教会を発見できる。現在ほぼ無人島の野崎島にも、かつて潜伏キリシタンの集落がふたつあった。無人島に建つ美しい教会というイメージが甘美すぎて、私はいつかこの島を訪れてみたいと思っていた。

灯台の魅力は善良な孤独

 さて、明日の英気を養うためには酒が必要だ。

 夕食は近場の居酒屋へ繰り出した。五十畑さんはあまり飲めないけれど、カメラマンの橋本さんが私に付き合って飲んでくれた。正直言って魚よりも肉派の私だが、その夜出された魚料理はどれも美味かった。一杯機嫌の私は地酒を求めたが、あいにく小値賀島では酒を造っていないとのことだった。

「でも、小値賀で穫れた米を使って大分の蔵で酒を造ってますよ」と誰かが教えてくれた。「島でも出してる店があります」

 聞けば、小値賀島出身の杜氏が大分県は日田市のクンチョウ酒造というところで造っている酒らしい。かつては小値賀杜氏と呼ばれる人たちがいた。彼らはふだんは小値賀島に住み、冬になると漁業や農業を離れて九州各地の酒蔵で酒造りをしていた。いまや最後のひとりとなった小値賀杜氏が小値賀産のコシヒカリで造った酒の名は「一二三(ひふみ)」、私としては翌日の晩にこの酒とめぐり合えることを期待するしかなかった。

 私がこうして酒を飲んでいるあいだにも、世界中の灯台は律儀に船を導いている。俗に、「A fallen lighthouse is more dangerous than a reef.(倒れた灯台は岩礁よりも危険だ)」と言う。大切な役目をまかされているのに、灯台は見返りも求めず、ただ粛々と暗い海に導きの光を投げかける。

 と、唐突に視界が開け、私なりの灯台像がはっきりと見えた。酒のせいか、いくつかのイメージがとりとめもなく胸に去来した。絶海の孤島にたたずむ灯台、霧深い半島の先端で黙々と光を投げかける灯台、年老いた灯台守と善良な犬が暮らしている灯台、エドガー・アラン・ポー的な殺人事件が起こる灯台……。

 その日訪れた高後埼灯台にいちばんしっくりくるのは、アニメ映画「天空の城ラピュタ」に登場する、あの草花の世話をする心やさしいロボット兵のイメージだった。高後埼灯台は鬱蒼(うっそう)と茂る山林に囲まれていた。それが映画のワンシーンとシンクロした。

 旅の初日にそんな灯台像を摑めたのは収穫だった。ぜえぜえ喘ぎながら、靴を泥だらけにして悪路をのぼった甲斐があったというものだ。やはり私は正しかった。その場に行ってみなければ、けっして感じ取れないものがあるのだ。

 つまり、と酩酊した頭に電球がぽうっと灯った。灯台の魅力とは孤独なのかもしれない。灯台に魅せられる人たちは、あのロボット兵みたいにひとりぼっちで船を見守る灯台の善良な孤独に惹かれるのではないだろうか。

 ともあれ、これで明日からの灯台めぐりにひとつの視点ができた。

 灯台を擬人化してみる。

 灯台についてはずぶの素人の私だが、それならば灯台を語れるかもしれない。なにしろ私は作家で、擬人化なんてお手のものなのだから。

高後埼灯台(長崎県佐世保市)

所在地 佐世保市俵ヶ浦町
アクセス 一般人は立ち入り不可
灯台の高さ 15m
灯りの高さ※ 64m
初点灯 大正15年
※灯りの高さとは、平均海面から灯りまでの高さ。

「灯台」

作詞:関健二 作・編曲:矢沢永吉

海と灯台プロジェクト

「灯台」を中心に地域の海の記憶を掘り起こし、地域と地域、日本と世界をつなぎ、これまでにはない異分野・異業種との連携も含めて、新しい海洋体験を創造していく事業で、「日本財団 海と日本プロジェクト」の一環として実施しています。
https://toudai.uminohi.jp/

全国各地の「展望を楽しめる灯台」リスト

灯台は海の安全を守る重要な航路標識であるため、ほとんどは立ち入りができません。しかし、全国約3000基のうちわずか1%(約40基)ではありますが、一般参観が可能な灯台や、外階段で上に登ることができる灯台があります。
「海と灯台プロジェクト」公式WEBサイトにそのリストを掲載しました。ぜひお近くの灯台を探して、灯台がたつ空間の魅力や、海の絶景をお楽しみください。

オール讀物 2026年1・2月号~新春! 小説で福を呼ぶ~

定価 1,500円(税込)
文藝春秋
» この書籍を購入する(Amazonへリンク)