白色塔型コンクリート造りの高後埼灯台
白色塔型コンクリート造りの高後埼灯台は、木立ちのなかに身を潜めるようにしてひっそりと建っていた。海上保安部の方々によって灯台の扉が開かれ、私たちはヘルメットと軍手をつけて、内部の鉄梯子をてっぺんまでのぼっていった。
灯室から外へ出ると潮風がどっと吹きつけ、眼下に佐世保湾が一望できた。二瀬さんがこの灯台の基本情報を教えてくれた。高さ約十五メートル、平均水面から灯火までの高さは約六十四メートル、光達距離は約三十九キロメートル。高さはいいとして、灯台の光がそんなに遠くまでとどくことに私はびっくり仰天した。
「佐世保港に入ってくる船が最初に出会う灯台です」
世界でいちばん古い灯台は、紀元前二七九年にエジプトのアレキサンドリア港に建てられたファロス灯台だと言われている。高さが百三十五メートルもあったというから、高後埼灯台のざっと九倍である。むかしは灯台の光達距離もいまよりうんと短かったはずだから、どうしてもこれくらいの高さが必要だったのかもしれない。この大灯台は一四七七年まで、なんと千七百年以上もの長きにわたって、アレキサンドリア港に出入りする船を見守りつづけた。
かたや、日本に灯台が出現したのは江戸時代になってからだ。そのころは「かがり屋」とか「灯明台」と呼ばれていた。石積みの台の上に小屋を建て、そのなかで火を焚いて船の目印としていた。私たちが灯台と聞いて思い浮かべる西洋式の灯台がはじめて建てられたのは、明治時代に入ってからである。
あらゆる物は個別の目的を持って創られる。それが時代を超えて受け継がれれば、私たちに畏怖の念を起こさせる。古い物がまとうおだやかな空気は、それが存続した時間の長さによって醸し出される。
なかでも、古い灯台ほど健気で奥ゆかしいものは少ない。言うまでもなく、灯台というものの本質は、海を航行する船の安全を守ることにある。降っても照っても同じ場所に立ちつづけ、おのれの役目を愚直にまっとうしてきた灯台は、私たちに利他とはなにかを教えているかのようだ。
灯台に関することわざで、誰もが真っ先に思いつくのはおそらく「灯台下暗し」だろう。しかしじつを言えば、この場合の「灯台」とはいわゆる海の安全を守る灯台ではなく、室内で使用する照明具のことである。
ネットで検索しても「灯台下暗し」しか出てこない。これはいったいどうしたことだ? こんなにも含蓄のある灯台について、なぜ誰も人生訓のひとつもひねり出そうとしないのか。
しかし、私は閃いてしまった。世界は広い。英語に切り替えて、「lighthouse sayings」で検索してみると、案の定どっさりヒットした! いくつか拾って訳出してみよう。
Be the lighthouse, shine for others when they are in darkness.(灯台になれ、暗闇にいる誰かを照らすために)
Life is like a lighthouse. It guides the lost and warms the found.(人生は灯台のようなものだ。それは迷える者を導き、見つけた者を温めてくれる)
Lighthouses are not just stone, brick, metal and glass. There is a human story at every lighthouse.(灯台とは石、煉瓦、金属やガラスにとどまらない。どの灯台にも人間の物語がある)
人生訓だけじゃない。灯台で女性を口説くことだってできるぞ。
Your eyes are lighthouses guiding my lost soul home.(きみの瞳は迷えるぼくの魂を家へ連れ帰ってくれる灯台さ)
とどのつまり、こういうことだ。日本人は欧米の方々とくらべて、灯台のポテンシャルを著しく低く見積もっている。
だけど、それも致し方がない。なんといっても、あちらさんと灯台とは、紀元前からのお付き合いなのだ。おまけに、大航海時代という輝かしい成功体験まである。灯台に対する思い入れが日本人より深いのも道理だろう。
ともあれ、灯台とはかくも有益な、含意に富んだ、象徴的な存在なのだ。すべての灯台に幸あれ。
