絵で知る聖書の世界――人類の遺産に宿る宇宙観

 州都ヴェネツィアからほど近い地域にあるパドヴァは、絵画・芸術史の上でフィレンツェやローマ同様の重要性を持つ街だ。その代表格がルネサンス美術を先取りした中世後期の画家、ジョットによって1305年ごろに完成された「スクロヴェーニ礼拝堂」だろう。

 両側面と礼拝堂入口上部の壁一面、そして、正面祭壇アーチとその脇の壁面にダイナミックに描かれたフレスコ画は、ジョットの生涯においても最高傑作の一つとされている。14世紀初期の宗教的建築物とフレスコ画が現存しているというだけで圧倒されるが、この21世紀の世に良い保存状態で鑑賞できるのは幸いだ。

 一連の作品は祭壇脇に至るアーチの入り口に描かれた聖母マリアの受胎告知の画にはじまり、マリアの生涯とその生誕にまつわるストーリー、そしてその息子イエス・キリストの生涯が上下二層に分けて時系列に描き出されている。

 一方で、天井に近い最上段の南壁にはマリア誕生以前の聖書の世界が描かれている。ぐるっと見渡すと、“最後の晩餐”や十字架上のイエス、十字架から降ろされたイエスを悼むマリアたちの姿や“聖霊降臨”など、一目見て誰もが聖書に描かれた情景と認識できる絵柄が埋め込まれている。当時、文字が読めない多くの庶民たちにとって、この壮大な色彩による叙事詩は“絵で学ぶ聖書”であったのだ。

 群青色を基調とした幾重にも重なる壁面の画の下にしばし佇ずんでいると、その不思議な引力に引き寄せられているようだ。一つひとつのパーツの芸術性もさることながら、今、自分自身が壮大な時間軸の真っただ中にいることの喜びを体感し、まさに一つの宇宙的な世界観に包まれているような感覚に襲われていた。

 これもひとえに、描かれた数多の人物たちが湛える豊かな表情とそこから滲み出る喜怒哀楽などの深い情感におのずと同調しているからに違いない。ジョットの技術と感性の素晴らしさには驚愕するばかりだ。

 歴史的建造物と作品の保全的理由から、鑑賞時間は15分に制限されており、鑑賞前には体温調整のために前室で15分間の待機が求められる徹底ぶり。むしろ、そのような心積もりを経て、いざこの宇宙空間にアクセスするという流れもまた、世界最高峰の文化人類遺産に対峙する喜びと高揚感へと誘ってくれるのだ。

Cappella degli Scrovegni(スクロヴェーニ礼拝堂)

所在地  Piazza Eremitani 8 Padova
電話番号 049 2010020
開館時間 9:00~19:00
休館日 無休
http://cappelladegliscrovegni.it/index.php/en/
●事前に要予約。当日購入不可。
3月25日~11月3日までは夜間拝観あり

Column

CREA Traveller

文藝春秋が発行するラグジュアリートラベルマガジン「CREA Traveller」の公式サイト。国内外の憧れのデスティネーションの魅力と、ハイクオリティな旅の情報をお届けします。

CREA Traveller 2026年冬号
※この記事のデータは雑誌発売時のものであり、現在では異なる場合があります。

この記事の掲載号

ミラノと北イタリアの美しい町々

CREA Traveller 2026年冬号

ミラノと北イタリアの美しい町々

特別定価1,650円(税込)