優しくも革新的なモネの絵画
モネの描く睡蓮の絵画は、観る者の眼と心にすっと染み込む優しさを湛えているけれど、じつはアートとしてかなり実験的かつ挑戦的なものでもある。
モネによる水面や睡蓮は強い光に照らされ、ものの形が半ば溶け出しており、あらかじめ睡蓮の絵だと知らなければ、何を描いているのかよくわからない。観る側は思考停止となって、ただ色の乱舞を見つめるだけだ。

しかし慣れてくると、意味に捉われずただ画面に没頭できるのが快くなる。描かれている対象は何? 表現されているテーマは? などと考えてみても無駄と悟り、心を無にして美しい光と色の渦のなかに浸っていたいと思わせる。

「見ること」のみに集中するこうした絵の見方は、モネ以前にはあまりなかったことだ。それまでの伝統的な西洋絵画といえば、画面のなかに読み取るべき意味やストーリーが、きちんと描き込まれていたものである。描き方にしても、線遠近法など歴史的に積み重ねられてきた、確固たる思想や理論に則るのが常だった。

モネの睡蓮は、そうした西洋絵画の常識を軽々と乗り越えて、画面から色や形の印象のみ受け取ればじゅうぶんということにしてしまった。モネによって絵画表現は、従来よりもずっと軽やかなものになった。
20世紀になると、意味やストーリーはおろか具体的なかたちすら持たない、抽象絵画なるものが登場するが、この先駆となったのはモネの晩年の絵画だったのである。

ひたすら見入ってしまう美しさと、歴史を動かすほどの革新性を併せ持ったモネの睡蓮シリーズに、身も心も浸ってみたい。
INFORMATIONアイコン
モネ 睡蓮のとき
6月21日~ 9月15日
豊田市美術館
https://www.museum.toyota.aichi.jp/

2025.09.08(月)
文=山内宏泰