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子どもを信じて見守るということ

「ホッキョクグマは、私たち飼育員が(出産・子育てに)介入できない難しさがあるんです。前回の出産では、中に入って子どもたちを助けたい気持ちはもちろんありました。ですが、人工哺育となったホッキョクグマの今後であるとか、イッちゃんが来年もここで出産する場合、人が立ち入って子どもを取り上げられたという経験がトラウマとなって今後の繁殖にも影響するかもしれないなど、さまざまな可能性がある中で手を出せませんでした。

 ライが産まれた時も嬉しさは一瞬で、無事育つかどうかと不安でいっぱいでした。私たち飼育員は監視カメラをモニタリングするだけ。子育てはイッちゃんに任せていればいいわけですから、本当はいらない心配なんです。ただ、ミルクの間隔がそれまでよりも空いたりと、成長とともに少しずついろんなことが変化していくので、これが正常なのか? 具合が悪くなるきっかけなのか? と、いつもドキドキしながら観察していました。

 昨年12月に八木山動物公園で(メスのポーラが)妊娠・出産したこともあったので、八木山の飼育担当の方やほかの園の方と情報交換しながら見守りました。

 11月にちっちゃな赤ちゃんが産まれてきてから、モニタ越しでしか見ることができなかった2ヵ月は長く感じられたのですが、今年1月に産室から出てきてからは本当に早くて。写真を見返すと、こんなに小さかったのかと成長の速さがうれしくもあり、あの頃にもう一度戻りたい、と少しだけ寂しさも感じたりもします」

 監視カメラが撮影したイッちゃんの子育ての様子は、公式YouTubeや公式Xでも数回にわたって配信されました。産まれたばかりの小さな小さな命が母親に守られながら少しずつ育っていく様子、母を求める笹鳴き、母親の子どもに対する温かさや優しさ――すべての瞬間が愛おしく貴重で、その瞬間を共有できる喜びを感じます。

「毎日育っていく過程を、子どもの誕生を待ち望んでくださっていたみなさんと共有したいという思いがありました。生後0日から毎日欠かさず撮った動画で、すべて同じように見えるかもしれませんが、そのままの姿をみなさんにお届けしたかったので、他の係の職員に協力してもらいながらお届けしました。毎日聞いていた笹鳴きも見返すと、こんなふうに鳴いてたんだと、あらためて感動します」

2025.08.09(土)
文=高本亜紀
写真=松本輝一