この記事の連載
ズーラシア<前篇>
ズーラシア<後篇>
叶わなかった命、つながった想い。繁殖の先に見えた希望

ホッキョクグマの繁殖は、ズーラシア開園当初からの悲願であり、伊藤さんにとっても目標でした。
「繁殖を目標にずっと飼育管理してきたので、今回は本当によかったなという気持ちです。来園者の皆さんに『今年もダメでした』と報告するたびに温かい言葉をいただいていたりして。
病気をさせないように毎日気をつけて飼育していても病気になってしまうのと一緒で、もちろん、繁殖も絶対に達成できるものではないということはわかっています。ですが、ズーラシアが繁殖可能な施設ということもあって、私としては当然、目標としていました。

先ほど出産・子育てのためには環境の整備が必要だと話しましたが、個体の繁殖能力も影響します。しかも、繁殖できるのは1年に1回だけですからね。1回を棒に振るとまた1年待たないといけないですし、ホッキョクグマも1年1年、歳をとっていきます。そんな中でようやく達成できたので、毎日が本当に幸せです」
ズーラシア、そして伊藤さんは開園当時から同園で暮らしてきたオスのジャンブイとともに繁殖を目指してきました。さまざまなメスの個体を迎え入れてチャレンジを繰り返しながらも繁殖することはなく、ジャンブイは2022年12月、天へと旅立ちました。

ズーラシアの公式サイトにある「ブログ」では、動物たちの細やかな変化が飼育担当者それぞれの言葉と写真で配信されています。伊藤さんが担当した当時のブログには、ジャンブイと、当時のパートナーで病のために先に旅立ったメスのツヨシとの雌雄を超えた深い信頼関係も綴られていました。
●飼育日誌>ツヨシにとって...
https://www.hama-midorinokyokai.or.jp/zoo/zoorasia/details/2021/post-2975.php
●飼育日誌>ありがとうツヨシ
https://www.hama-midorinokyokai.or.jp/zoo/zoorasia/details/2022/post-3934.php

「ホッキョクグマは1頭で生活する動物なので、ズーラシアでも繁殖の時期だけオスとメスを一緒にするのが基本のスタイルでした。繁殖の時期に一緒にする期間もメスそれぞれによって違いがあって、交尾が終わった瞬間にジャンブイを牽制して近づかない個体もいれば、その後2週間くらい一緒に遊ぶ個体もいたのですが、ツヨシの場合、一緒にしたほうが2頭にとってメリットがあるなと思い、そうしていました。ツヨシの病が進んでからは、2頭が一緒の部屋で寝ている姿を見ていると……胸が熱くなりましたね。
ジャンブイは野生由来ということもあり、その貴重な遺伝子を残そうといろんなメスを迎え入れながら、長年、繁殖にトライしてきました。なかなかうまくいかない中で原因をいろいろと調査しましたし、ジャンブイの子どもを残すことができなくても、残したデータがその後につながっていくのであれば、ジャンブイが生きた証になると思っていました。

不明なことを解決していくのは当然1人ではできないことで、動物園・水族館の飼育仲間のアドバイスにも感謝していますが、これまでズーラシアで飼育していたジャンブイを始めとするホッキョクグマたちがいてくれたからこそ、今回の繁殖が達成できたのだと確実に思います」
2025.08.09(土)
文=高本亜紀
写真=松本輝一