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泳ぐのが大好き! プールに挑むライと母のスパルタ育児

 最後の観覧場所へ向かったタイミングで、陸へ上がってきたライ。観察していた私たちのほうへ駆け寄ってくると、観察するように見上げます。笑顔のように見える優しい表情と丸々とした愛くるしいフォルムに、来園者からは「うわぁ、かわいい!」という感嘆が挙がりました。

 再度列に並んで観覧すると、寝転がって体に土をこすりつけて真っ黒になったライの姿が。そのままプールに飛び込んで一気に真っ白になるということを繰り返すなど、好奇心旺盛な姿に目を奪われっぱなしでした。

 飼育担当の伊藤咲良さんに、親子についての詳しいお話を伺いました。

「飼育担当という立場で子どものホッキョクグマを目の前にして思うのは、最近のライは活発で好奇心旺盛だなということ。ホッキョクグマは、国内での繁殖例が少ない動物。その子どもの誕生というのは、生きているうちに何回見られるのかなと思うくらい特別な光景だと思うんですよね。繁殖成功を目指してこれまで飼育管理をしてきたので、私もほかの園で産まれたと聞くたびに足を運んでその姿を見てきました。

 私たち人間と同じように、ホッキョクグマの赤ちゃんにもそれぞれ個性がありますが、ライは小さい頃から水が大好き。野生のホッキョクグマが(子どもを連れて)巣から出てくるのはまだ海に氷が張っている時期なので、本来は水に入ることはないはずです。しかし、ライは水飲み場でよく遊んでいました。

 泳ぎも、野生ならば海の氷が溶けてから泳ぎを習得していくのでしょうが、動物園は大人に合わせた施設のためにプールがあります。ズーラシアにあるのは国内でも大きいプールで深さもあるため、ライが安心して使用できるかどうかが(展示に向けた)ひとつのキーポイントになっていました。

 もちろん危険があれば、お母さんが守ってくれますし、私たちも助けられるようにいろんな危険を予測して万全の体制をとっていました。ただ、私たちが思っている以上に、ライは新しいものへのこだわりがすごく強いのでヒヤヒヤする瞬間も多かったですね」(以下、すべて伊藤さん)

 今ではプールへ勢いよく飛び込んでいるライも、公開のために展示場へ出る訓練を始めた頃はプールを怖がっていたそう。ズーラシアの公式Xにはそんなライを、強引にプールへ誘うイッちゃんのスパルタぶりが見られます。

「室内のプールは水深1メートルくらいで自由に深さも変えられるので、最初は30センチメートルくらいの深さにして、その後は足がつかない深さに慣れたところで展示場へ……という順番で練習しました。ですが、ライにとって展示場のプールは想像以上に大きかったんでしょうね。怖がる様子を見て、室内のプールは大丈夫だと思って今まで遊んでいたこと、そして危険を察知できるんだということが、あらためてわかりました。

 イッちゃんは大阪でも子育てを経験していて、当時の担当者から子どもに対してスパルタだということは聞いていました。ライのことも、小さい頃からコロコロと転がして運んでいましたね。ただ、Xにポストした前の段階では、ライがプールに落ちないように見守っている時期もあったりと、成長と発達に合わせて育児していたのは、日々の中で一番感動したことでした」

2025.08.09(土)
文=高本亜紀
写真=松本輝一