この記事の連載

今も昔も光で導く

 ことしの一月、恵山岬灯台のたもとにテントを張ってサウナを楽しむイベント「灯台サウナ」が開催されている。一枚噛んでいたらしい阪口さんは「灯台でととのうイベントです」と説明してくれた。一聴だけでは理解に戸惑うが、楽しそうだとは直感できた。

 ここで先述したロシアの遣日使節ラクスマンが登場する。彼は大黒屋光太夫など日本人漂流者を伴って日本を目指し、まず根室に上陸した。父がサウナの本場フィンランド出身だからかもしれないが、ここに日本初と言われるサウナを作って越冬したという。それから船で西へ向かい、恵山岬あたりで霧に遭って下北半島に漂着する。それから函館に入り、江戸幕府に海防の必要性を痛感させた。

 ここまで材料がそろっていれば、恵山岬灯台でサウナをせずにはいられない(と思う)。「なるほどラクスマン」とぼくはしきりにうなずいた。

 かつて、船舶は天体の光を観測して自船の位置や取るべき進路を把握していた。いまは人工衛星の信号を受信するGPSが普及している。宇宙から降り注ぐ電磁波を利用していることは変わらないが、精度はずっと向上した。だから近年、灯台の航路標識としての必要性は低下している。もちろん全ての灯台がなくなるということはないだろうけれど、運用数は年々減っていて、代わって文化財や観光資源としての面がクローズアップされている。

 灯台は独特の佇まいを持ち、また風光明媚な場所にある。それぞれに長い歴史と、灯台守や地元の人々によるドラマを伝えている。周囲は公園や駐車場、観光施設が整備されているから訪れやすい。函館と恵山岬灯台を案内してくれた阪口さん、その前に鴎島灯台でお世話になった宮崎さんなど地元の方々も、灯台を起点にさまざまなイベントを実施されている。

 そして、灯台の魅力はそれだけではない。

 歌、伝説、広大な遺跡、戦争(は残念だけれど)、人間の出会い、文化の積み重なり、地球の躍動。灯台へ向かっていたはずのぼくは、その道中でさまざまなものに出会えた。もし旅行を計画するなら、とりあえず灯台を目指してよい。それだけで旅の楽しさは保証されると分かった。

 目指すべき光を、灯台は放ち続けている。海を行く船にも、陸を行く旅行者にも、現代を生きるぼくたちにも。これまでも、きっとこれからも。

恵山岬灯台

所在地 北海道函館市恵山岬町
アクセス JR函館駅から車で約1時間30分
灯台の高さ 19
灯りの高さ※ 44
初点灯 明治23年
※灯りの高さとは、平均海面から灯りまでの高さ。

海と灯台プロジェクト

「灯台」を中心に地域の海と記憶を掘り起こし、地域と地域、日本と世界をつなぎ、これまでにはない異分野・異業種との連携も含めて、新しい海洋体験を創造していく事業で、「日本財団 海と日本プロジェクト」の一環として実施しています。
https://toudai.uminohi.jp/

「海と灯台サミット」に直木賞作家3人が登場

2023年11月4日(土)、「海と灯台サミット2023」を開催。当日は特別番組「灯台を読む」の公開収録も行われました。本コラムに登場した門井慶喜さんのほか、今夏に灯台を巡った澤田瞳子さん、村山由佳さんの3人が、作家ならではの視点で切り取った灯台の魅力を、日本財団海野光行常務理事とともに語っています。この番組は11月25日(土)午後1時よりBS朝日にて放送予定です。

オール讀物 2023年12月号 本屋が選ぶ時代小説大賞&歴代受賞者読切競作 [雑誌]

定価 1,100円(税込)
文藝春秋
» この書籍を購入する(Amazonへリンク)

次の話を読む月の名所としても知られる風光明媚な桂浜。空海、坂本龍馬、紀貫之のゆかりの地でもある高知県の灯台へ

← この連載をはじめから読む