この記事の連載
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現在、日本に約3,300基ある灯台。船の安全を守るための航路標識としての役割を果たすのみならず、明治以降の日本の近代化を見守り続けてきた象徴的な存在でもありました。
建築技術、歴史、そして人との関わりはまさに文化遺産と言えるもの。灯台が今なお美しく残る場所には、その土地ならではの歴史と文化が息づいています。
そんな知的発見に満ちた灯台を巡る旅、今回は2020年に『熱源』で第162回直木三十五賞を受賞した川越宗一さんが北海道の鷗島灯台を訪れました。
》安倍龍太郎さんの“灯台巡り”の旅、全6回の第1回を読む
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》門井慶喜さんの“灯台巡り”の旅、全3回の第1回を読む
「東洋のドーバー」
―鷗の鳴く音にふと目を覚まし。
高く澄んだ歌声が、遠くから聞こえてくる。
深く柔らかなシンセサイザーの音は海面に漂う朝靄を、歌を追いかけて爪弾かれるアラブの楽器カヌーンは寄せる波を、ふくよかなアコーディオンの音色は風を思わせる。ときおり「ソイ!」と入る合いの手は、その地に住まう人々の息吹だ。
乗り合い観光、あるいは全方位観光という意味を込めて名付けられた細野晴臣のアルバム『オムニ・サイトシーング』は、北海道に伝わる民謡「江差追分」に幻想的な伴奏をつけた「ESASHI」という楽曲で始まる。わずか一分五十秒のトラックながら、たったそれだけの時間で聞き手を、どこか遠くの波寄せる岬へ連れ出してくれる。アルバム全体もいわゆる電子音楽とワールド・ミュージックが混然としていて、「ここではないどこか」を旅しているような感覚になる。
さて、本稿では北海道の灯台を巡る旅の二日目を書く。執筆のBGMは『オムニ・サイトシーング』である。
その日の目的地は江差の鴎島灯台。同行する担当編集氏が周囲の名所を見繕ってくれたのを幸い、カメラマン氏がハンドルを握る車であちこち寄り道した。
最初の寄り道は、乙部町の滝瀬海岸。見上げるような高さの白い断崖がずうっと続く珍しい場所だ。断崖の上は夏の草木が緑色に繁り、空は青色が透けた薄い雲がかかっている。色彩のコントラストについ見とれてしまった。
海岸は「白い傾斜地」を意味する「シラフラ」とも呼ばれ、最近ではフォトウェディングの撮影地にもなっている(乙部町サイトより)。また、姿が似ているイギリスはブリテン島のドーバー海峡側にあやかった「東洋のドーバー」なる異称もある。
2023.11.16(木)
文=川越宗一
写真=橋本篤
出典=「オール讀物」2023年11月号