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思いがけない“乗船”

 Café香澄を失礼し、歌の余韻にひたりながら海辺へ歩く。空は薄い雲がたなびき、だいたい青い。体感気温は「暑い」と「暖かい」の間くらいで気持ちよかった。

 次の寄り道先が見えたところで、ぼくは思わずウオッと呻いてしまった。

 マストと煙突を高々と掲げた大きな蒸気帆船が、海に浮かんでいた。船、機械、レトロ、つたない表現で恐縮だが「なんかおっきいの」。ぼくが好きな要素全てが、ひとつの構造物になっていた。

 構造物は江差沖に沈んだ幕府海軍の旗艦、開陽丸の原寸復元だった。内部は展示スペースになっていて正式名称は「開陽丸記念館」という。厳密には船ではないのだが、海上にあるし、外観は立派な蒸気帆船だし、後述するが内部も船そのものである。このときぼくが覚えた感動を表すため、以後は開陽丸と呼ぶ。

 開陽丸の手前に建つ管理棟で江差町教育委員会の小峰彩椰さん、北海道江差観光みらい機構の宮崎拓馬さんと合流する。

 まずは小峰さんのご案内で開陽丸を拝見した。船腹に空けられた入り口を潜ると、天井は低い。床は船首尾方向に緩く湾曲している。照明は観覧に不便のない程度に落とされ、薄暗い。雰囲気はすっかり帆船だ。

 両舷には大きな大砲がずらりと並び、うち一門には、砲員たちを模した等身大の人形が臨場感ある姿勢で張り付いていた。指揮官役はきちんと額を剃り上げて髷を結い、金ボタンで合わせる黒詰襟服の上にぐるぐる帯を巻き、刀をぶち込んでいる。足は革靴。洋の東西がまぜこぜになった独特のスタイルは「やっぱり幕末はこうでなくっちゃ」と見る者をときめかせてくれる。少なくともぼくはときめいた。

2023.11.16(木)
文=川越宗一
写真=橋本篤
出典=「オール讀物」2023年11月号