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瀬戸内海を見守り続けてきた

 人間でいえば、生まれてはじめての挫折だった。いくら強い外圧によるとはいえ、このことはたぶん、船乗りたちの自尊心をも大いに傷つけたにちがいない。あんまり傷ついたために、かえって、

「灯台なんぞ、いらんわい。そんなものなくても俺たちは長年ちゃんと船をまわしてこの国をささえてきた。どだい東京湾ごときの軟弱な連中とは根性玉がちがうんじゃ」

 そんな意地を張る者もあったのではないか。

 灯台というものを見たこともない、また今後とも信用するつもりのない伝統的な海の男たち女たち。結果的にこの鍋島灯台、瀬戸内最初の灯台は、彼らに対する恰好の教材になった。日中は白い灯塔がはっきり見える。夜でも強い光線のおかげで自船の位置が明確になる。

 そのことの安全と安心感によって畢竟いちばん得をするのは当の船乗りとその家族なのだと、実物ひとつで知らしめたのである。厳密にはこの灯台は停泊信号といって、ふつうの灯台とは違い、翌朝まで待機することのできる安全な場所のありかを示すものなのだけれど、この点もむしろ役割がわかりやすく、入門編としては手ごろだったかもしれない。

 瀬戸内は、日本だけの海である。

 太平洋や東シナ海、日本海のような他国の岸と共有している、みんなで炬燵(こたつ)に足を突っ込んでいるような海とはまったくちがう。その瀬戸内という日本専用の海にいきなりこの灯台のあらわれたのは、たぶん当事者たる船乗りを超えて、日本人そのものの精神にとって画期的だった。

 自尊心の傷からの再起。世界標準への参加の決意。あのやみくもに胸を張るしかなかった中学生は、ここで大人への第一歩を踏み出したのである。もちろん当時の政府にはそんな意図まで持つ余裕はなく、ただ単に明治(厳密には幕府最末期)以降、神戸が開港して、ここにも本格的に外国船が来るようになったから灯台をひとつ建てておこう、くらいの理由だったと思われるが。

 私はふたたび螺旋階段を下り、扉をあけて屋外に出た。

 目の位置は低くなったが、屋外からも海は見える。海というより運河に近いか。種類も大きさもさまざまの、おそらく所属国もさまざまの船たちの整然たる混雑。ふりかえって灯台をあおぐと、てっぺんには風見鶏があった。

 風見鶏のあることは、それ自体はめずらしくない。だが私は、そこへ水平に取り付けられた十字の棒の先の字にびっくりした。東西南北の字が漢字なのだ。

 ふつうは国際性の演出の点でも、視認性の点でも、英語の頭文字であるEWSNを使うことが多い、というよりそれ以外のものを見たことがない。こんな西洋人には読めない文字をたかだかと掲げてブラントンはいったい誰に読ませるつもりだったのか、あるいは灯台の完成以後に別の誰かが付け足したのかと、帰りの車のなかでも私はその疑問がなかなか頭を離れなかった。

鍋島灯台

所在地 香川県坂出市与島町1016
アクセス 坂出北インターから車で20分、JR坂出駅から路線バス瀬戸大橋線(浦城行)乗車、浦城下車、徒歩3分
灯台の高さ 9.8
灯りの高さ※ 28.8
初点灯 明治5年
※灯りの高さとは、平均海面から灯りまでの高さ。

海と灯台プロジェクト

「灯台」を中心に地域の海と記憶を掘り起こし、地域と地域、日本と世界をつなぎ、これまでにはない異分野・異業種との連携も含めて、新しい海洋体験を創造していく事業で、「日本財団 海と日本プロジェクト」の一環として実施しています。
https://toudai.uminohi.jp/

「第2回海ごみゼロチャレンジin高松漁港」

「海と日本プロジェクト・CHANGE FOR THE BLUE」の一環で、瀬戸内オーシャンズⅩ推進協議会は、3月18日に「第2回海ごみゼロチャレンジin高松漁港」を開催しました。地域の様々なメンバーが協同で清掃活動を行い、海洋ごみへの意識および行動変容を促す目的です。ごみの量を調査してエリア内の特性を把握する等、本イベントで得られた成果は、今後の瀬戸内オーシャンズXの施策でも活用していきます。

オール讀物2023年6月号

定価 1,100円(税込)
文藝春秋
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次の話を読む日本の「灯台の父」によって 建てられた島根県の美保関灯台 【世界灯台百選にも選出】

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