心に響く、美しくダイナミックな空間への旅

 演じ手をすっぽりと包み込むのは客席を取り囲み360度方向に広がる舞台。この劇場の特性を生かしスケールの大きな空間が創り出されているのも特筆すべき点です。

 客席が回転することで場面転換が行われるのですが、ラウンド上に広がる舞台前面の巨大スクリーンに映し出される映像は、観客の視野からはみ出すほどのダイナミックさ。それは美しい水辺の都市にもなれば広大に広がる土地ともなり空にも海にも変貌し、天地万物の隙間を旅しているかのような風景が、アトラクション的要素を伴って出現するのです。

 スクリーンの向こうには趣向に富んだ舞台美術が実体として存在し、ヴァーチャルとリアルの間を照明がシームレスに繋ぎ一体感ある世界を形成している様はみごとです。

 ブリッツボールなる水中スポーツの試合や戦闘シーンでの迫力、ある宿命を背負った少女・ユウナによる「異界送り」や惹かれあうティーダとユウナが魂を通わせる「マカラーニャの森」における抒情的美しさ、巨大な飛空艇の登場ではそこに同乗しているかのような臨場感……。繰り出されるそれらのシーンはこの空間にいなければ味わえない体験です。

 さて物語は歪んだ思想を持つシーモアとの闘いに向かって進んでいきます。ティーダには行方不明となっている父親がいるのですが、敵であるシーモアもまた父との間に確執を抱えていました。普遍のテーマである親子の物語は歌舞伎化に当たって膨らませた部分だそうですが、親が師でもある歌舞伎俳優が演じることで生じる奥行きを感じずにはいられません。そんな彼らの演技を絶妙にアシストして盛り上げてくれているのが音楽で、舞踊というアプローチも含め感情の起伏に寄り添ってバリエーション豊かに感動へと導いてくれます。

 いくつもの真実が明らかになっていく中で、ティーダが知るのは延々と繰り返されて来た悪しきルーティーン。それを断ち切り新たな未来に向かっていく姿にそのものに、勇気づけられた人はたくさんいることでしょう。その過程で交わされるいくつもの、奇をてらわない心に響くセリフは、自分自身にとっての金言であると同時に次世代へ届けたいメッセージ。

 ライブの感動には時と場所が密接に関わっています。コロナ禍を経た2023年3月というタイミング、オープンから6年、今年をファイナルシーズンとして閉館となるIHIステージアラウンド東京で結実した歌舞伎と名作ゲームとの出会いは、さまざまな人にとって忘れ得ぬ体験となることでしょう。

 休憩を含めて前後編トータル7時間に及ぶにもかかわらず心理的長さを感じさせず、ぽっかり空いた前後編の間の時間ももてあますことはありませんでした。オープン当時に比べ格段に整備された周辺環境のおかげで、運河の水辺で光と風を感じながら過ごすひとときは、思いがけず巡り合った都市の喧騒からの解放。現地に赴かなければわからない、いくつもの刺激に五感が歓んでいるのを実感した1日となったのでした。

木下グループpresents『新作歌舞伎 ファイナルファンタジーX』

2023年3月4日(土)〜4月12日(水) ※休演日:3月8日(水)、15日(水)、22日(水)、29日(水)、4月5日(水)
会場:IHIステージアラウンド東京
https://ff10-kabuki.com/