昨年は歌舞伎座で初の主役を勤め、話題の映画『レジェンド&バタフライ』に森蘭丸役で出演するなど、経験を重ね活躍の幅を広げている市川染五郎さん。現在、歌舞伎座「鳳凰祭四月大歌舞伎」で上演中の『新・陰陽師』に出演中の染五郎さんにお話を伺いました。18歳の今に迫ります。


“やじきた”休演で想像を超える熱量を実感

 安倍晴明を主人公とする夢枕獏原作の『陰陽師』が、歌舞伎座新開場後初の新作歌舞伎として上演されたのは2013年。晴明を演じたのは染五郎さんの父・松本幸四郎(当時・染五郎)でした。

「今回の舞台は古典風になると聞いていましたが、まさかここまでとは思いませんでした。台詞や音楽、照明など現代的な空気感だった前回とは真逆。歌舞伎という演劇の幅を改めて思います」

 染五郎さんが演じているのは、中村隼人さん演じる晴明の親友・源博雅。歌舞伎的にデフォルメされた登場人物や古典の手法に則った演技や演出が随所に見られる展開の中、ナチュラルな演技で平安時代の人物として雅なたたずまいを見せています。

「歌舞伎的見どころがたくさんある中、いい意味でお客様の気持ちがふっとゆるむような存在になれたらと思いながら、晴明との対比を大切に勤めています」

 ここ2~3年の経験を通して「自分の役が全体にどう影響を与えているのか」を深く考えるようになったと語ります。

 中でも大きなきっかけとなったのが、歌舞伎座での初主演作品となった『信康』(2022年6月)で、これは織田信長の命により切腹させられた徳川家康の長男・信康の悲劇を描いた物語です。

「主役に対するお客様の目線の違いというものを感じ、歌舞伎座の大舞台で真ん中に立つというのは、こういうことなのだな、と思いました。そして自分が芯になってその作品をつくらなければならないことの大きさを実感しました。その自分を支えてくださるのは周りにいらっしゃる先輩方。個々の役を演じてくださる方々がいらしてお芝居が肉付けされていく……。本当に貴重な経験でした。感謝しかないです」

 その2か月後、別の意味で貴重な経験をすることになります。歌舞伎座「八月納涼歌舞伎」で3年ぶりに上演された“やじきた”シリーズ第5作『弥次喜多流離譚(やじきたリターンズ)』出演中に新型コロナウイルスに感染してしまったのです。幸四郎さんは濃厚接触者となり、さらにこの作品では染五郎さんとの主従コンビで出演している市川團子さんも感染。

 幸四郎さんの弥次郎兵衛、市川猿之助さんの喜多八、染五郎さんの梵太郎、團子さんの政之助を主軸に物語が展開していく作品で、4人のうち3人が休演という事態となってしまったのです。しかも染五郎さんと團子さんはさらにもう一役を演じ、立役と女方の早替りが見どころとなっていたのでした。

「ですから絶対に休めないという思いがあり、むしろ陽性が確定する前の方が焦っていました」

 染五郎さんが初めて梵太郎を演じたのは2016年、好評を博してシリーズ化されていく中、観客は役の人物と俳優とを重ねながらその成長を楽しみ見守り続けてきたところがあります。

「12歳の時から演じて来た梵太郎を自分以外がすることはないだろうと思っていました」

 ところが、染五郎さんの代役を50代の市川猿弥さんが勤めることに。美少年設定の梵太郎は、何ともチャーミングな小太りの白塗りおじさんキャラに様変わりし、客席の笑いをさらっていったのでした。女方の役であるオリビアは一部演出を変えて市川笑三郎さんが勤め、作品はまた違ったアプローチで観客を楽しませることに成功したのでした。

「何としても公演と止めたくないという、父や猿之助さんのお兄さんの強い意志、どんな状況であってもお客様にお芝居をお見せするという先輩方の熱量は、自分の想像を超えるほどのエネルギーでした。でも熱量だけでは成立しない。それが実現できたのはそこまでに積み上げていらしたものがあってこそ、その底力にはものすごいものがあります」

2023.04.20(木)
文=清水まり