何があっても初日は開く。できることを精一杯やる

 静かな語り口、憂いのある表情や物腰には、動揺する姿など想像できないクールな印象がありますが、そう思われることは「自分では意外」なのだとか。

「実力以上のお役をいただき、そこに追いついていない自分には焦りを感じますし、新しいものに入る時はいつも不安でいっぱいです。ただこれまでの経験を通して思うのは、何があっても稽古が始まり初日は開くということ。だから今、自分ができることを精一杯やるしかないんです」

 その時の精一杯を重ねた先に思い描く未来に、ひとつ確固としてあるビジョンが悪役だそうです。

「高麗屋の系譜にはいくつもの悪役があり、そうした役を多く目にしてきたせいもあると思います。『伽羅先代萩』の仁木弾正のように“国崩し”といわれるスケールの大きな悪役に魅力を感じます。小さい頃から仁木の拵えを格好いいと思っていました。歌舞伎の様式美の中での悪の表現に惹かれます」

 その一方、幸四郎さんが3月に歌舞伎座で演じた『花の御所始末』の足利義教にも興味を示しています。

「自分が将軍になりたいから邪魔な者を殺す。現実で考えればとんでもないことですが、義教自身は悪いことをしているという感覚はないのだと思います。人間離れしているけれど、誰もが心の中にそういう部分はあるかもしれない。そう思うといつか自分も演じてみたいと思います」

 『花の御所始末』はシェイクスピアの『リチャード三世』に着想を得て書き下ろされた作品で、1974年の初演で義教を演じたのは祖父・松本白鸚さん(当時・染五郎)でした。久々の上演となった3月の舞台に染五郎さんは義教の臣下・畠山左馬之助役で出演し、幸四郎さん演じる狂気を帯びた義教と間近に対峙したのでした。

 その翌月の上演となったのが『新・陰陽師』です。

「同世代の先輩方がひとつになって作品を創り上げているのを目の当たりにして羨ましく思います。ひとつ下の世代の目線からさまざまなことを感じとって、多くのことを吸収する1か月にしたいと思います」

 真摯に語る染五郎さんですが「負けず嫌い」な一面を垣間見せる発言もありました。

「今月は夜の部で(尾上)左近くんが『連獅子』を踊っているのですが、好きな演目だけに羨ましいです。また2月に團子くんが博多座の『新・三国志』で活躍していると聞くと、やっぱり気になりました。ふたりは自分を真ん中にして1歳違いの、数少ない同世代なんです。いつか自分たちもこの3人だからできることを実現して、思いきり爆発させてみたいと思っています」

 高麗屋ゆかりの役を重んじ敬愛する一方、新たな挑戦にも興味津々。着実に実績を残しながら、今の精一杯を尽くして舞台に取り組む染五郎さんの未来に期待が膨らみます。

歌舞伎座新開場十周年記念
鳳凰祭四月大歌舞伎

2023年4月2日(日)~27日(木)
昼の部 新・陰陽師
夜の部 与話情浮名横櫛/連獅子
https://www.kabuki-bito.jp/theaters/kabukiza/play/801