若手歌舞伎俳優のフレッシュな魅力が新春の浅草の風情に溶け込み、ちょっと特別な歌舞伎体験が味わえる「新春浅草歌舞伎」。コロナ禍の影響による休止を経て2023年初春、その公演が3年ぶりに開催されることになりました。
再開の喜びをそれぞれに口にしている出演者の中である特別な思いを抱いている様子なのが、第二部の『傾城反魂香(けいせいはんごんこう)』で主人公の夫婦役を演じる中村歌昇さん、種之助さんご兄弟です。その思いとはどのようなものなのでしょうか。2回にわたってクローズアップします。
若手歌舞伎俳優の登竜門「新春浅草歌舞伎」
初春に浅草での歌舞伎公演が始まったのは1980年、その第1回の中心メンバーは中村吉右衛門さん、坂東玉三郎さん、十八世中村勘三郎(当時・勘九郎)さんでした。
その後、押しも押されもせぬ存在となった3人ですが当時はまだまだ若手。以来、若手歌舞伎俳優の登竜門としてこの公演は位置づけられるようになっていったのでした。
「先輩方がずっと続けて来られた公演を、(コロナ禍という不可抗力ではあるにせよ)我々の代で途絶えさせてはいけない。それがみんなの思いでした。だからこうして復活できたことを何よりうれしく思います」(歌昇さん)
歌昇さんの言葉に種之助さんも頷きます。そして種之助さんはもうひとつの、特別な思いについて教えてくれました。
「『傾城反魂香』は第3回の双蝶会で上演した演目なのですが、それを本公演でさせていただけることがとても嬉しいです」(種之助さん)
双蝶会とは2015年から毎年夏に4回にわたって開催してきた、勉強会という位置づけの自主公演です。それはつまり出演者としてオファーを受けて役を演じるのではなく、自分たちで公演を企画・運営していくということ。主催者としてすべての責任を兄弟で担って、一から取り組んだのです。
絶望感をも味わいながら果敢に挑んだ双蝶会
ふたりの根底にあるのは、幼い頃から憧れの俳優さんであり尊敬する偉大な大先輩である中村吉右衛門さんの芸を受け継ぎたいという強い意志。
吉右衛門さんを総帥とする播磨屋の芸を、播磨屋の一員として勉強するためには、本公演で役が来るのを待っているだけでは教えていただける機会はなかなか得られません。その現実を打破するべく始めたことでもありました。
その吉右衛門さんは惜しくも昨年に不帰の人となられてしまいましたが、ふたりにとってどんな存在だったのでしょうか。
「僕ら兄弟は子どもの頃から吉右衛門のおじさんにずっとお世話になってきたのですが、子役ではなく職業として舞台に臨む立場となった時に、改めてすごさを実感しました。大人の役でおじさんのそばに初めて出させていただいたのは『勧進帳』だったのですが、四天王としておじさんの弁慶に直に触れ、その存在感に圧倒されました。その影響力たるや……。人ってこんなに大きくなれるんだ! というのが率直な感想でした」(歌昇さん)
歌昇さんの吉右衛門さん崇拝は自他ともに認める筋金入りで、「生まれてこの方、それはまったくブレたことはない」と明言しています。根本の思いは同じながら、そのすごさを少し冷静に説明してくれたのは種之助さんです。
「拝見していつも思うのは役を演じているのではなく、おじさんは役に生きているということなんです。役のその人が、まさに、そこにいる!という感覚。その頂は、もうあまりにも高すぎます……」(種之助さん)
紛れもなく役の人物として臨場感を伴って観る者の心に入り込みながら、舞台に存在する中村吉右衛門として圧倒する。“高すぎる頂”ゆえに自分の現実に絶望することもあるのだそうですが、そんな経験をしながらも果敢に挑んでいったのが双蝶会なのです。
2022.12.30(金)
文=清水まり
写真=深野未季