歌舞伎座で開催中の「秀山祭九月大歌舞伎」は、昨年に亡くなられた中村吉右衛門さんの一周忌追善公演。吉右衛門さんゆかりの演目がずらりと並ぶ中、播磨屋一門として吉右衛門さんのもとで学び、女方として活躍されている中村米吉さんは第一部、二部、三部すべての部に出演されています。その米吉さんのインタビューを2度にわけてお届けします。

 前半は歌舞伎を初めてご覧になる方にもわかりやすい演目をピックアップ。その見どころや楽しみ方、演目や役に対する思い、そして吉右衛門さんの思い出などについて伺いました。


「忠臣蔵ものは、わかっているからこそ安心して楽しめる」—第二部『松浦の太鼓』

――米吉さんが出演される演目の中で初心者にもわかりやすく、上演の機会が多いものを選ぶとすれば、腰元のお縫を演じられる第二部の『松浦の太鼓』になるでしょうか。

 基本的にはそうなると思います。ただわかりやすいという点においては、一概にはそうとも言えない時代になって来たとも感じています。と言うのも『忠臣蔵』のストーリーそのものをご存じない方が増えていらっしゃいますでしょう?

――これは言ってみれば『忠臣蔵』のスピンオフ。歴史上の出来事である“赤穂浪士の吉良邸討入事件”の背景を知っていた方が、より深く楽しめるのは間違いありません。

 話しているセリフもさほど難しくはないですし物語はシンプル、コメディタッチの部分もありますので、ご存じなくても楽しめる作品ではあるんです。あるんですけれども、主人公の松浦侯が怒っている理由にどこまで共感というか、納得できるかによって、その味わいにはかなり差が出るはずです。これは討入当日の、吉良邸の隣の家で起こる出来事を描いたお芝居ですから。

――以前に「今こそ、歌舞伎にハマる!」では『元禄忠臣蔵 御浜御殿綱豊卿』をクローズアップしたことがあるのですが、その時にも赤穂浪士に対する世間の人々の思いがひとつのキー・ポイントになると学びました。

 重要なのはお縫の兄が赤穂浪士のひとりである大高源吾だということです。松浦侯のお縫への怒りは源吾への怒りであり、さらには大石内蔵助率いる浪士すべてへの怒りでもあるわけです。

――どれだけ赤穂浪士に対する松浦侯の思いが強いのか、ということですよね。それにしてもこのお殿様は何ともまあ、無邪気というか……。

 言ってみれば生まれながらのボンボンで、そのまま年をとったような人(笑)。大きな問題や深刻な悩みを抱えることもなく泰平な時代を生き、俳句を嗜みながら日々を暮らす鷹揚なお殿様なんです。そしてその様子を無邪気と思えるのも、まもなく隣の家で起こる出来事を、ご覧になっている方々がご存じだからこそ! ともいえます。忠臣蔵ものには、わかっているからこそ安心してその過程を楽しめる、というところがあると思うんです。

――そしてその時は訪れ、隣の家から聞こえるのは陣太鼓の音。すると松浦侯の態度は一変するわけですが、あそこは大きな見どころですね。

 ありがたいことに初めてお縫を勤めさせていただいた時の松浦侯は吉右衛門のおじさまでした。鳴り響く太鼓の音を貫くように、歌舞伎座中に響き渡るおじさまのお声が今も思い出されます。もう、あの瞬間の爆発力のすごさといったら……。

 その時、お縫は花道にいるのですが、そこから拝見していると、おじさまただひとりにスポットが当たっていて、他には誰も存在しないような感覚…とでも言うのでしょうか。実際に照明が切り替わる訳ではないんですが、そう思わせるものがありました。

 例えば……。そう! 優れたミュージカルの聞かせどころのナンバーのような!スポットライトに照らされ、歌の世界を存分に味わせ、歌い終わると何事もなかったようにアンサンブルとの会話が始まりお芝居に戻っていく……。

 音楽も凝った演出効果はないのに、おじさまのセリフはそれに通じるものがあったと思います。今お話してても、どうも伝えきれていなくて歯痒いんですが、とにかく言葉では説明できない凄まじさでしたね。

――その素晴らしい瞬間をお縫として初めて体験をされたのは2014年1月。

 歌舞伎座でこのような大きなお役をさせていただくのは初めての経験でした。その時の源吾は(中村)梅玉のおじさま、松浦侯の俳句の師である其角は父(中村歌六)で今回と同じです。ただでさえ自分にとってお縫は非常に思い出深い役ですが、この配役の中ではなおさらです。

 初役の時に未熟な私を導いてくださった先輩方、そして吉右衛門のおじさまのお兄さまである、白鸚のおじさまが松浦侯を初役で勤められる舞台で、お縫としておじさまの追善ができることを本当にありがたく思います。

――伝統歌舞伎保存会が主催する「研修発表会」で、吉右衛門さんのご指導のもと『仮名手本忠臣蔵 七段目』のお軽という大役をなさったのが2013年12月。女方としての道がいよいよこれから開けていく! という頃に出会った役といえます。

 とてもとても!  そこまでもいかない頃です。ずっとずっとおじさまに叱られ続けの日々でした。「ちゃんとやってくれなきゃ困るよ」、そして「教わった通りにできないのなら、どこへでも行ってしまえ!」と、厳しいお言葉もいただきました。だからといってそう簡単にできないことなどおじさまはわかっていらしたと思うんです。わかっていらしても、そのようにおっしゃるのは「できないなりに考えなさい」ということなのだと思いました。

2022.09.22(木)
文=清水まり
撮影(インタビュー)=松本喜一