新型コロナウイルスの感染拡大が始まってからすでに1年。人々の生活様式は激変し、さまざまな立場の人が苦境に立たされています。エンタテインメント業界もそのひとつで、娯楽であると同時に人から人へと伝承されてゆく中で技術が磨かれ、作品世界を豊かなものにして来た歌舞伎も例外ではありません。
日々、移ろいゆく状況や価値観の多様化に皆が戸惑い翻弄される状況下にあって、歌舞伎の未来を担う若手歌舞伎俳優のみなさんは、この事態とどのように向き合い日々の舞台に臨まれているのでしょうか。
歌舞伎座「二月大歌舞伎」で『泥棒と若殿』にご出演の坂東巳之助さんにリモート取材でお話を伺いました。
意外にも“舞台に立ちたい”とは思わなかった自粛期間
2020年4月に名古屋で予定されていた新作歌舞伎『NARUTO-ナルト-』が公演中止となり、巳之助さんが久々に舞台に立ったのは歌舞伎座の「八月花形歌舞伎」でした。
歌舞伎座としては5か月ぶり、巳之助さんにとっては1月の「新春浅草歌舞伎」以来の公演です。演目は『棒しばり』という愉快な舞踊劇で、演出を一部変更しての上演でした。
「変更というのは、密にならないよう出演者同士で距離を取ったり同じ盃に口をつけないようにしたり、感染予防対策ガイドラインに則したものでした。その切り替えにまったく抵抗はなく、お客様に心配をかけないという方向にシフトできたのは非常にいい流れだったと思っています。
『あんなことして大丈夫?』とお客様を不安に思わせてしまったら、楽しいはずの『棒しばり』をやっている意味がわからなくなる。僕たちはお客様に喜んでいただくために舞台に立っているのですから」
半年にわたる自粛期間を経ての舞台でしたが、意外にも巳之助さんはその間に舞台に立ちたいとは思わなかったそうです。
「芝居をするのは楽しいことですし、公演がないイコール仕事がないということで大変ではあるのですが……。演劇の灯を消してはいけない、みたいな思いには至りませんでした。自分は客観的というか、冷めた人間なんだなと気づかされました」
その根底には、多種多様のライブ・パフォーマンスのなかでも歌舞伎の観客は高齢者が多いということがあるようです。
「劇場の感染予防対策をどんなに徹底させたとしても、劇場に足を運ぶには人混みの中を往来することになるのですから」
加えてSNSを通じて誰もが思ったことを即座に発信できる時代。コロナ禍のストレスで過敏になっている昨今はそれがエスカレートし、行政による外出や営業の自粛要請を軽んじる者に攻撃的な行為を行う“自粛警察”なる言葉まで生まれている状況です。
「以前だったらスルーされていた事柄にもまったく関係のない第三者が同調し、波紋が広がってしまう。万が一、劇場でコロナに関するトラブルが起きてしまったりしたら、それがきっかけで『歌舞伎なんてなくなってしまえ』という流れになることだってあり得ると思うんです」
日本だけではない、そうした世界情勢を冷静に見つめれば、率先して「劇場へいらしてください」と心からは言えないと正直な胸中を明かしてくれました。
2021.02.14(日)
文=清水まり