コロナ禍において、日々、移ろいゆく状況や価値観の多様化に、皆が戸惑い翻弄されています。歌舞伎の未来を担う若手歌舞伎俳優のみなさんは、この事態とどのように向き合い日々の舞台に臨まれているのでしょうか。スペシャルインタビューの最終回です。
10代最後となる舞台で挑んだ大役
2020年2月。20歳の誕生日を翌月1日に控えた片岡千之助さんは、10代最後となる舞台で大役に挑んでいました。歌舞伎三大名作のひとつ『菅原伝授手習鑑』の苅屋姫です。
菅丞相(=菅原道真)失脚をめぐる悲劇を描いたこの物語で、苅屋姫は菅丞相の養女で純粋な恋心を敵方に利用されてしまう女性です。姫が起こしたある行動が原因で養父は大宰府へ流罪に。菅丞相を演じていたのは千之助さんの祖父・片岡仁左衛門さんで、この役は仁左衛門家で代々受け継がれてきました。
「松嶋屋が大切にしてきた作品に対する思いや、物語における苅屋姫の立場や重さ。すべてが大きなプレッシャーでした。自分にとって食生活を始め日常生活から律して取り組んだ初めての役です。そういうところから戦わなければ、到底かなわないと思いました」
千之助さんがそんな思いで役と真摯に向き合っていた頃、中国・武漢で発生した未知のウイルスが世界の注目を集め始めていました。横浜港へ入港した豪華客船ダイヤモンド・プリンセス号で新型コロナウィルス感染者が確認されたのは、『菅原』が上演された歌舞伎座「二月大歌舞伎」の初日が開いてまもなくのことでした。
そして「二月大歌舞伎」千穐楽当日の26日に、政府はスポーツや文化イベントの自粛要請を表明します。当初は「今後2週間」という要請でしたが、感染拡大は止まらず事態が深刻化していきました。
「途中で公演を打ち切らなければならなかった劇場もたくさんある中、19歳という年齢には身に余る大役を、千穐楽まで1日も休まず勤めさせていただけたのは本当にありがたいことだと思いました。ただ、その当時はまさかこんな状況になるとは思いませんでした」
2021.11.13(土)
文=清水まり
撮影=末永裕樹