コロナ禍において、日々、移ろいゆく状況や価値観の多様化に、皆が戸惑い翻弄されています。歌舞伎の未来を担う若手歌舞伎俳優のみなさんは、この事態とどのように向き合い日々の舞台に臨まれているのでしょうか。スペシャルインタビューでその想いを伺います。
「もう歌舞伎はできないのかもしれない」と思った
スーパー歌舞伎Ⅱ『ワンピース』や『新版 オグリ』、新作歌舞伎『NARUTO -ナルト-』などで、キレのあるアクションと歌舞伎の伝統に基づく演技を融合させ、新たな歌舞伎ファンを獲得して活躍を続ける中村隼人さん。
隼人さんは、主演ドラマ『大富豪同心』(NHK)シリーズなどでも知られ幅広い層に支持される存在です
「『大富豪同心』の撮影が終わった今年の5月以降はずっと歌舞伎の舞台に立たせていただいています。このような状況に足を運んでくださるお客様の心に、少しでも何かを届けられたらという想いでいっぱいです。劇場が開く限り舞台を勤めるのが僕たちの仕事。自分にとってそれを全うすることが第一です」
プライベートでの外出も外食も徹底して控えて舞台に専念。そこには揺るぎない決意が感じられますが、ここに至るまでにはさまざまな思いがあったのでした。
隼人さんが新型コロナウィルスの脅威にまず直面したのは2020年、京都・南座で3月に公演予定だった『新版 オグリ』の初日が延期になった時でした。
「それまで初日の延期など考えたこともありませんでした。ですが、あの時点ではそれほどの危機感はなかったんです。あの当時は目の前のことをやっていくだけで精一杯という状況。これで少し立ち止まることができる、という気持ちの方がむしろ勝っていたように思います」
『新版 オグリ』は、先輩である市川猿之助さんとのダブルキャストで主要人物二役を演じる大抜擢の舞台。その翌月に控えていた『NARUTO』では、ダブル主演の坂東巳之助さんと共に若手ながら一座をリードしなければならない立場でした。
そうした舞台に取り組む一方で、大ベテランの先輩が顔を揃える緊張感みなぎる公演がいくつもあります。びっしりのスケジュールの中で、肉体的にも精神的にも「かつかつだった」と振り返ります。
「ところがさらに初日が延期になり、結局は全日程が中止。さらに『NARUTO』の中止も決まり、この頃から心がザワザワし始めました」
2020年4月に入ると歌舞伎座で5、6、7月に予定されていた「十三代目市川團十郎白猿襲名披露」の公演延期が発表されました。以後、各地で予定されていた歌舞伎公演は次々と中止となり、隼人さんが8、9月に出演予定だったスーパー歌舞伎Ⅱ『ヤマトタケル』も例外ではありませんでした。
“日本の素晴らしい伝統芸能を世界に発信する”という主旨のもと、客席が360度回転するIHIステージアラウンド劇場初の歌舞伎公演として注目を集めていた『ヤマトタケル』。
猿之助さんとのダブルキャスト主演の公演は、全世界から注目されるオリンピックのタイミングに合わせて企画されたもので、隼人さんにとってはさらに大きく羽ばたくチャンスだったのです。
「突然、すべきことが何もなくなり目の前が真っ暗になりました。それからしばらくしてテレビはドラマを再開しましたが、劇場は開かない……。もう歌舞伎はできないのかもしれない、と思いました」
2021.09.26(日)
文=清水まり
撮影=石川啓次
スタイリング=石橋修一
ヘアメイク=佐藤健行(HAPP’S.)