「人に求められる役者に」自粛期間を支えた祖父の教え

 歌舞伎俳優であると同時に、千之助さんは青山学院大学に通う現役の大学生でもあります。

「学校の授業はリモートになり歌舞伎はいつ公演ができるのかまったくわからない状況。20歳になったとたんに急に世界が変わり始めた……そんな印象でした。もちろん大きなショックでしたけれど、それを受け入れなければ前へは進めないと思いました」

 千之助さんは冷静でした。

「歴史を振り返れば今までだって歌舞伎ができなかった時期はありましたし、人間は戦争や疫病に何度も苦しめられてきました。悲惨なことがあってそこからの学びがあり、新たな時代が訪れています。だから今は時代の変わり目で、これは次にいくために乗り越えなくてはならないことなのだと理解しました」

 すべき仕事を失ってしまった舞台関係者、実家に帰ることもできない地方出身の大学の友人、入学したものの学校へ行くことも新たな友に出会うこともできない後輩たち。「社会全体、みんながたいへんな思いをしている」ことを受け止めると、常日頃から耳にしてきた仁左衛門さんの言葉がより一層、心に響きました。それは「人に求められる役者になってほしい」という教えでした。

「舞台に限らず人として必要とされる存在でありたい、と心から思いました。そのためには感性のアンテナを磨かなければ。そこに改めて着目することができました。流れに逆らわずだけど流されず、周りを見ながら自分の意志をもって対処していくことが大切なのだと思います」

 自粛期間中はさまざまな視点から映画を見たり美術を鑑賞したり。もちろん歌舞伎の勉強をし、この後の人生について改めて家族で話すこともあったそうです。

 そうして日々を過ごすうち、2020年8月に歌舞伎座は感染予防対策を徹底させて公演を再開。客席は前後左右を空けて収容率50パーセント、四部制で各部1演目しかも1時間以内の作品。出演者もスタッフも密にならないよう極力人数を少なくし、各部で完全入れ替え制というさまざまな制限つきでのスタートでした。収容率こそ今も変わりませんが、席の配置や上演時間、出演者の数などは徐々に緩和されていきました。

2021.11.13(土)
文=清水まり
撮影=末永裕樹