「王の宝石商、宝石商の王」。イギリス国王、エドワード7世の言葉は、のちにカルティエが世界中の王侯貴族とともに紡いでいく絢爛なジュエリー史の幕開けであり総括だ。夢物語のようなオーダーを、素材と技術、センスを以て魔法のごとく叶えてきた至高のジュエラーが捉える、ダイヤモンドジュエリーの魅力に迫る。


カルティエのダイヤモンドが語る「時の旅」 辻村 深月

 2019年、国立新美術館で行われた『カルティエ、時の結晶』展を観に行った。その時期、さまざまな人から薦められたためだったが、驚いたのが、およそジュエリーには興味がないであろうと思っていた人からも「すごかったから、まだなら行くべきだ」という熱がこもった声を聞いたことだ。聞けば、たまたま美術館の近くで仕事があった際に立ち寄ったところ、軽い気持ちで覗きこんだら圧倒され、これはぜひ見てほしいと思ったとのこと。普段は買わない図録まで買ってきてしまったというのを聞いて、これは俄然「『目撃』しなければ」という気持ちになった。

 そう、カルティエのジュエリー、とりわけダイヤモンドを前にする体験は、まさに「目撃」と呼ぶにふさわしい。

 ダイヤモンド自体が気の遠くなるほどの長い時間を内包するまさに「時の結晶」だが、足を踏み入れた会場で、私はカルティエのダイヤモンドが秘める「時」の意味を何重にも知ることとなった。そのデザイン、輝きに到達するまでに、世界のどの文化や歴史、技術の革新を背景にしてきたのか─ジュエリーそのものが語りかけてくる。豊かに厳かにチャーミングに、時にはユーモラスに、あるいは気高く踊るように。─それがたとえ現代の作品であったとしても、ひとつひとつの向こうに、遠く離れた時の旅が見える。

 私たちは人間である以上、自分の寿命を超えて生きることはできないが、目の前にあるこれらのジュエリーは時を超えて、未来に輝きが運ばれていく。カルティエの歴史を紐解くと、そのダイヤモンドを誰がいつどのような形で所有し、その輝きがどんな歴史の中でその卓越したカッティングとデザインを得たのか、大いなる物語がある。それが結実して、今、目の前にある輝きに繋がっているのだ。時と歴史の旅から抽出された一瞬を、私たちはカルティエのダイヤモンドを通じて目撃している。

 普段ジュエリーに興味がない人であっても、そりゃあ魅せられるわけだよな、と思う。未来や過去が現代から覗きこめるなんて、そんな旅ならしてみたいに決まっているのだから。

辻村 深月(つじむら・みづき)

1980年、山梨県生まれ。2004年『冷たい校舎の時は止まる』で第31回メフィスト賞を受賞しデビュー。11年『ツナグ』で第32回吉川英治文学新人賞、12年『鍵のない夢を見る』で第147回直木三十五賞、18年『かがみの孤城』で第15回本屋大賞を受賞。他にも『東京會舘とわたし』『傲慢と善良』『嘘つきジェンガ』『琥珀の夏』『この夏の星を見る』など著書多数。

2025.06.06(金)
Edit&Text=Ayano Endo
Photographs=Toshimasa Ohara(aosora)

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