今回クローズ・アップするのは、歌舞伎座恒例「八月納涼歌舞伎」で上演中の2作品で、まったく違う役を演じ分けている坂東新悟さん。女方として着実にステップを踏んで古典の大役を勤める機会が増えている一方、時に前例のない役どころも演じて新たな境地を開拓。さまざまな色に染まりながら凛とした姿勢で舞台に臨み、作品に生命感を与えている存在です。


ミステリアスにも“ちょっと下品”にも

――「八月納涼歌舞伎」第二部では、ロシア民話やバレエなどの題材にもなってきた「火の鳥」を新作歌舞伎として上演。坂東玉三郎さんとオペラ作品などで知られる原純さん共同演出による舞台です。新悟さん演じるイワガネは、決して枯れることのない黄金のリンゴを守り続けている女性。ミステリアスですね。

 年齢不詳というか、人間なのかそうでないのかわからないような感じで演ってほしい、ということでした。このようないわゆる老けの拵えは初めての経験で、最初に聞いたときは「なぜ、自分が?」とすごく驚きました。まずは台本を読んで感じたままを演じてみて、稽古場でニュアンスを確認してどこまで老婆のようにすべきかを探りながら、つくっていったという感じです。

――対して第三部の『野田版 研辰の討たれ』のおみねは弾けまくっている若い女性。中村七之助さん演じる姉のおよしと共に結婚に打算的な、現実感のある存在です。同じ男性を奪い合うなどの姉妹のやりとりがあまりに露骨で客席の笑いが絶えません。

 ちょっと下品で、男性をステータスで見てしまうような女性です。稽古場で(演出の)野田秀樹さんから指摘されたのは姉妹が「ちょっと仲よさそうに見えちゃう」ということでした。「私のほうが!私のほうが!!というのがもっとあっていい」と。ですので、それが端々に滲むように心がけています。

――現実にはあそこまではっきりものが言えるってなかなかないですよね。観客にとってはそれが楽しくもあり気持ちよくもあり……。新悟さんご自身はどうですか?

 基本的に喜劇的なものに苦手意識があるので、芝居としてつくるのは楽しくもあり、苦しくもありという感じです。とにかくテンポとパワーが大切な芝居なので、テンションを維持するようにしています。それがおみねに求められている俗っぽさにもつながると思いますので。

「自分がこれをやるのか!」 の割には……

――喜劇的なことは苦手とおっしゃっていますが、歌舞伎NEXT『朧の森に棲む鬼』で演じたシキブを拝見すると、とてもそうは思えません。劇団☆新感線の舞台では高田聖子さんが演じられた役ですよね?

 新感線の作品がもとになっている歌舞伎NEXTでは、第一作の『阿弖流為』で阿毛斗をさせていただいているんですが、新感線バージョンから歌舞伎になった時にギャグっぽい部分がそぎ落とされていました。今度もそうだろうと油断をしてしまっていたのですが……。

――そうではなかった!

 本当に自分がこれをやるのかと思いました。実際、家で台本を読んでいるときは本当に恥ずかしかったです。新感線のお芝居に登場する人物には、決めるところは決めてキリっとカッコイイというイメージがあるのですが、シキブにはそれがほぼない(笑)。ただ演出のいのうえひでのりさんは稽古場で細かくおっしゃってくださる方なので、歌舞伎の型のようにそれに準じて、とにかくテンションや熱量が落ちないように気をつけていました。

――『朧の森に棲む鬼』は架空の国の物語ですが、宮廷内の人物ということでは、身分制度があった時代の人物を日常的に演じている歌舞伎俳優ならではのものがあったように思います。

 とにかく前例のないこうした役を演じるとき、以前は女優さんっぽくなっていないだろうかという不安がありました。ですが、最初に驚いた割にはあまり神経質にならずに演れたように思います。

――言葉で説明するのは難しいですが、「女優になってはいけない」というのは昔から歌舞伎の女方に対してよく使われている言葉ですね。神経質にならずにすんだのは、それだけ古典を通して学んだことが身についてきたということなのでしょう。この作品ではシキブだけでなく森の魔物であるオボロミも演じていますから、その妖艶さとのギャップが新悟さんの演者としての幅を物語っています。

 ひとつの芝居で違う面をお見せできたのは自分としても嬉しいことでした。

2025.08.23(土)
文=清水まり
撮影=佐藤亘(インタビュー)