報われる瞬間がないからこそ、いい役もある

――新橋演舞場と博多座とで上演された『朧の森に棲む鬼』に挟まれる形で、今年1月に歌舞伎座で勤められたのは古典中の古典とも言うべき『寿曽我対面』の大磯の虎。艶やかな傾城姿はまさに歌舞伎の華! 古来、立女方(たておやま=​最高の地位にある女方)が勤める役とされています。若手公演である「新春浅草歌舞伎」でも勤められていますが、新春の歌舞伎座でとなると特別な感慨があったのでは?

 自分自身のこととしては、浅草で勤めたお役をいつか歌舞伎座で! ということを常に目標としていましたし、同世代がお正月の歌舞伎座で活躍しているのも感慨深く、喜ばしかったです。それはほかの若手も同じ気持ちだったのではないかと思います。

――「新春浅草歌舞伎」が若手歌舞伎俳優の登竜門といわれる所以ですね。古典の名作『菅原伝授手習鑑 寺子屋』では浅草での千代を経て、昨年3月に歌舞伎座で戸浪を勤められています。松王丸と千代、武部源蔵と戸浪の2組の夫婦が、ある子どもの命をめぐって奏でる葛藤を描いた奥深いドラマです。忠義のために身替りの首を差し出すことになるのが源蔵。その妻である戸浪は「辛い役」という話をよく耳にしますが、どうでしたか。

 ずっとやりたかった役なのですが、想像していたより遥かにしんどかったです。本当に大変な役だと思いました。

――具体的にどう大変なのでしょう?

 リアルな気持ちとして一瞬たりとも油断できないというか、常に緊張感を持って臨まないといけないお役なんです。気持ち的なことに加えて、息をつめていないとできない役です。比喩ではなくて本当に息を止めていることもあり、身体を殺して小さくなっていないといけませんし。

――2組の夫婦の心理戦は一種のサスペンス、それを経て到達する感慨深い結末にはいつも大きな拍手が寄せられます。それを耳にしてようやく報われる、と言う感じでしょうか。

 いや(きっぱりと)、ならないです。戸浪が報われる瞬間はないです。でも、ないからこそ、いいのだと思います。大変ではありますが、何度も勤めたい役です。

2025.08.23(土)
文=清水まり
撮影=佐藤亘(インタビュー)