二度と演じたくないと思った「モーツァルト!」
――さて、ミュージカル2作目となる「モーツァルト!」(2002年初演)では、いきなりタイトルロールを演じたわけですが、正直どんな気持ちでしたか?
タイトルロールを演じるだけでなく、松たか子さんや市村正親さんといった錚々たる方々との共演ですから、かなり気負っていました。でも、どこか怖いもの知らずというか、自分の人生はスゴいことになっているな、という気持ちにもなっていました。初演では中川晃教くんとWキャストだったんですが、ミュージカル初出演の中川くんは活き活きと、まるで彼自身がモーツァルトであるかのように演じていたのを覚えていますね。それに対し、僕はモーツァルトにどこか距離を感じていて、彼の気持ちも分からないし、それを埋める技術もなかった。その現実がスゴく苦しくて、頭をガツンと殴られたような気がして、あまりに辛くて、二度とタイトルロールは演じたくない、とまで思ったほどでした。
――とはいえ、「モーツァルト!」はこれまでに4度上演され、これまた井上さんのハマリ役と言われる作品になっていますよね。
再演のお話をいただいたときは、まだ二十歳そこそこにして、ここで逃げたらどうなるんだ、と思ったんです。今度も勝算はないかもしれないけれど、もういちど演るべきじゃないかと……。モーツァルトは天才でありながら、一人の人間で、実際にもがき苦しんでいたことにも改めて気付かされた。これは僕の心情にも重なるんじゃないかと。つまり、再演することで、初めて自分なりのモーツァルトを演じることができたのかもしれません。
2013.07.26(金)
text:Hibiki Kurei
photographs:Nanae Suzuki
hair&make-up:Tomio Kawabata
styling:Miho Yoshida