2018年の「キネ旬」新人男優賞を受賞するなど、今、日本映画界が注目する寛一郎。俳優・佐藤浩市を父に、三國連太郎を祖父に持つ、若きサラブレッドである彼が、俳優としての覚悟、そしてデビュー作での想い出について語る。
父の撮影現場について行った
幼少時代
――幼い頃に持っていた夢は?
物心ついたぐらいのときは「お医者さんになって、家族を助けたい」といった夢を持つことがありましたが、小学生以降は、明確な夢みたいなものを持っていませんでした。周りの同級生みたいにサッカー選手や野球選手になりたいとはまったく思いませんでした。中学生の頃に、「スラムダンク」に憧れて、短期間だけバスケットボールをやっていたこともあるんですが、三日坊主な性格もあり、そう長くも続かず……。そういうことから、今思うと夢を聞かれるのが苦痛だったようにも思えます。
――その一方、幼少時代から、お父さん(佐藤浩市)の撮影現場について行かれていたようですが、それを機にお父さんの職業を知ったのでしょうか?
それで父の職業を知ったというより、僕が父の現場について行くことを、母がどこか習慣付けるようにしていたんだと思うんです。小さいながらに、世間一般で言われるお父さんの職場とは違うことを理解していたし、何を見ても新鮮に映りましたし、本番中は静かにしなきゃいけないという、どこかピリついた空気も感じ取っていました。でも、その頃のいちばんの想い出といえば、スタッフさんやキャストさんが可愛がってくれたことですね(笑)。たとえば、ドラマ「プライド」の現場で、木村拓哉さんに遊んでもらった記憶は、今でも鮮明にありますね。
2019.02.22(金)
文=くれい響
写真=榎本麻美
ヘア&メイク=升水彩香
スタイリスト=越中春貴(Rim)