高校生がブランド品を持っていた時代
一穂: ラストで久乃が社会の関わりの中で生きていく決心をするところを読んですごく安心したんです。もしかしたら、彼女はただがむしゃらに働いて、楽しみも許さずにひとりで死んでいってしまった可能性もありますよね。あと久乃が、時代の変化についていけず後輩からセクハラを指摘されるシーンにすごく共感しました。「こういうのはダメなんだ」と口に出す時点でもうダメなんだ、みたいな。
綿矢: 私が大学を卒業したのは就職氷河期の終わりかけで、みんな仕事にしがみついていた時代でしたから。さすがに枕営業はなかったと思いますけど、それでも今の空気感とは大分違うと思います。
一穂: 適応しようと必死で積み重ねてきたことを、今になって「全部間違っています」とされたら、「そう言われても……」となりますよね。OSからアップデートしないといけないようなものですから。
綿矢: 時代に必死についていった結果、「時代遅れ」なんて言われるのはつらいですね。
一穂: 第二部の冒頭で、枕営業に失敗した久乃がおじさんに逃げられるシーンは、痛々しい生活の中にも少し笑える要素があって好きな場面です。

綿矢: 久乃はヒリヒリした大人になっていますが、本人はあまり悲観していないんです。周りから見れば「ちゃんとしなきゃ」という生活でも、本人は悪いと思っていない。そのギャップが書ければいいなと思いました。
一穂: この世代感覚、若い読者が読んだらどういう感想を持つのか楽しみです。第一部で書かれている90年代後半の、全てが過剰でギラギラしていた空気感は、口で説明しても分からないと思いますし。
綿矢: あの時代特有の飢餓感みたいなものがあって、たしかに平和だったけれど、若者の内面は結構荒れていた気がします。今のほうがおっとりしてますよね。
一穂: 当時は高校生でもブランド品を持っているのが当たり前みたいな感覚があって……。
綿矢: 今思えば、学生があれだけのブランド品を買うお金をどうやって捻出していたのか。考えると、ちょっと切ない気持ちになります。私もみんなと同じプラダのリュックを買うためにお金貯めたりしてました。