デビューから20年以上のあいだ、話題作を次々と発表してきた作家・綿矢りささん。最新作の『嫌いなら呼ぶなよ』では、新居祝いのホームパーティで繰り広げられる不倫「ミニ裁判」を描いた表題作など、昨年から今年にかけて執筆された4つの短編小説が収録されている。現代を生きる人々の物語を巧みに紡ぎ出す綿矢さんに話を聞いた。

ホームパーティの思わぬ展開

 本書収録作の共通点は「ちょっと笑えるような、自分勝手な登場人物が出てくること」だそう。なぜ、そのような人物たちを描こうと思ったのだろう。

「今、ネットがあるので世間的な批判がわかりやすいですよね。こういう時代だからこそ、自分勝手な人たちの内面を書きたかったんです。何を考えているのか気になったし、書いているとだんだんこちらもエキサイトしてきて、楽しい気分になってきました。こういう考え方もアリだなとちょっと思えてくるんですね」

 表題作「嫌いなら呼ぶなよ」は「僕」、霜月一誠の一人称小説。妻・楓の親友の新居祝いで、三家族合同ホームパーティに参加することに。最初は子どもたちのはしゃぎ声も響きわたるアットホームの雰囲気のなか、バーベキューを囲んで周りとの会話を無難にこなしていく。しかし、唐突に大人たちは二階へと移動。何かのサプライズかと思いきや、厳しい表情に変わった全員が、霜月の不倫を問い詰める展開へ……。

 そもそもなぜ、不倫を題材としたのだろう?

「最近、芸能人の不倫など取り沙汰されることが増えました。それを見ていると、昔とずいぶん変わったなというか。十年前はこういう雰囲気じゃなかったですよね。今は風当たりが強くなっていて、人を媒介してうつるコロナのようなことがあると、さらに批判は厳しくなる。それを題材に書いてみたいと思ったんですね」

 霜月は顔立ちが良くて、美意識が高い。日焼けのケアはもちろん、爪はきれいに手入れをしていて、肌にはパウダーとコンシーラーまで塗っている。そして些細なことにも気がつくタイプで、女性から人気があった。問題となった不倫では相手からのアプローチに受け身でいるうちに、流されながら事が運んだ感もある。

「本人がそれほど必死でもないのに、モテてしまう人を書いてみたくって。彼自身、罪の意識をまったく感じていないんですよ。浮気をちょっとゲームみたいにとらえているところがある。すごくおかしい人なんですけど、細かいところまでよく見ている人で。結構、潔癖症っぽかったり、美意識が鋭かったりする。綺麗なものが好きなフェミニンなタイプですね。こういう人いそうだなと思いながら書きました。書いていると『何言ってんやろ、この人?』となりましたけど(笑)」

 不倫現場の証拠も押さえられ、徹底的に追い詰められる霜月だが、心の中では一人ひとりの言葉に反論していく。例えば、妻の親友・ハムハムに対して。「そこ、うるさいぞぉ。ハムハム、いまは裁判長然としている君にも、以前は業の深い面があった。あなたが生涯でもっとも惚れ込んだのは、現夫のハム夫じゃない。その前に付き合っていた、目に力のないイケメンだ」。どこかコミカルな調子の反論、そのなかには本質をついた鋭い指摘も。

「批判する人たちの言っていることはすごくよくわかるし、大体どんなことを言うのか想像がつくけれど、やってる側のほうの気持ちというのも、書いてみると結構想像がつくんですよね。それなりに言い分があるし、してる人はしてる人なりの考えがあるんやなというのがわかるんです」

2022.07.28(木)
文=篠原諄也
写真=平松市聖