恋愛をしなくても充実した人生が送れるはずーー。そう語るのは、作家の金原ひとみさん。新作長篇小説『ミーツ・ザ・ワールド』では、登場人物が恋愛に翻弄されずに生きる「強さ」を描いた。


「推し」がいる腐女子を描いた理由

 主人公は、焼肉擬人化イケメン漫画を愛する腐女子の由嘉里。三次元の恋愛経験のない銀行員の彼女は、慣れない合コン帰りに歌舞伎町で酔い潰れてしまう。そこでキャバ嬢のライに自宅に連れられて、二人は一緒に暮らすことになってーー。

 そんな腐女子の一人称視点が鮮烈な小説だが、金原さんはもともと腐女子・BLの世界にはあまり馴染みがなかったそう。なぜ小説で描いたのだろう?

「周りでもどんどん増えていて。腐女子の編集者などに話を聞いていると、すごく生き生きしているんですよね。次から次へと知らない固有名詞が出てきて、自分の未開の地の新しい世界があるんだと驚きました」

「何かひとつ芯があるというか、筋が通った生き方をしていると感じました。恋愛体質の人は、彼氏との関係性次第でメンタルがブレてしまう。それに比べると、非常に肝が据わっていて、かっこいいなと思いました。ちょっと憧れに似た気持ちがあって、この機会に書かせてもらいました」

 由嘉里は最初は三次元の恋愛経験がないことに、コンプレックスを抱いていた。しかし、キャバ嬢のライやホストのアサヒなど、自分とはまったく違う価値観を持つ人物と出会うなかで、「推し」を中心に生きる人生を肯定的に捉えていく。

 デビュー以来、恋愛や性愛を激しく描く小説作品の多い金原さんだが、今回は「恋愛をせずに生きていく」という新しい価値観を模索した。

「私自身、若い頃は恋愛体質だったこともあって、そういう世界にあまり興味が持てなかったんです。でも、そこまで夢中になれるものがあるのは、一種の生きやすさにつながると思ったんですね」

「恋愛をしなくても、全然充実した人生を送れるんですよね。これまでの世の中が恋愛至上主義過ぎたんだと思います。恋愛をして、結婚をして、子どもを産んで、ということが、ある種通過儀礼のように捉えられていた。でもそれは今の時代にはそぐわないんじゃないか。まったく別の物差しで生きていく主人公を書いてみたいと思いました」

2022.02.17(木)
文=篠原諄也
写真=平松市聖