異質なもの同士がスパークする瞬間

 一方、キャバ嬢のライは、どこかミステリアスな存在。美しい容姿で恋愛経験は多い。サバサバとした性格で、家の中は散らかり放題でも気にしない。傍目には生きづらさがあるとは見えないが、「この世界から消えなきゃいけない」という希死念慮を持っている。由嘉里はそんな自分とは正反対でとらえどころのないライに憧れを抱いている。

「私自身にも希死念慮に似たものが、ずっと拭い去れずにありました。だからライの気持ちがわかる反面、自分とはまったく違う世界だと感じていました。本当にどうしようもなく、同じ世界に生きていない人がいる。何を言っても届かない、手を伸ばしても触れられない人。その断絶を描きたかったんです」

 ライとは旧知の仲である、ホストのアサヒも独特な存在感を放つ。ナンバーワンホストながら、既婚者で複数人の女性と関係を持っている。チャラチャラとした口調で話すものの、傷つきやすさを感じさせる繊細な一面も。そんな彼は実は、金原さんが数年前に歌舞伎町の路上で話しかけられたホストをモデルとしているそうだ。「お金をあげるから抱きしめてほしい」と言われたという。

「ギョッとするような見た目の人だったんですけど、話を聞いていると『めちゃくちゃ人間だ!』という感じがして。最初は『俺はナンバーワンホストで何でも持っているから』とガンガン自慢していたんですけど、『でもすごく寂しい』と言うんです。どこか憎めない感じの人でした。自分の頭では考え付かないキャラクターだったので、すごくインスピレーションをもらいました」

 『ミーツ・ザ・ワールド』。そのタイトルには、由嘉里がライやアサヒなどの自分の想像力を超える存在に触れることで、世界がどんどん広がっていくイメージがあるそう。

「異質なもの同士が出会うと、スパークする瞬間があるんですね。自分がつまらないと思うタイプの人がいますよね。たとえば、もし私が由嘉里と現実で向き合っていたら、『つまんないことに囚われやがって』と思う(笑)。話は噛み合わないかもしれない。でもちょっと親身になって内面的な話を聞いていくと、『なるほどな』と刺激を受けることもあると思うんです」

「それがこちらの共感や優しさを引き出してくれることがあります。そういうことを大切にしていきたいと思うようになりました。私も年齢を重ねてきて、許容範囲が広まったこともあって。今回はすべての登場人物に対して、すべてを受け入れたいという気持ちで書きました」

 作中後半では、うまくバランスを保っていた二人の同居生活が、思わぬことをきっかけに危機へと向かう。由嘉里はそこで、価値観は違えどすぐ側で支えてくれる人々のあたたかさに触れることになる。

 「推したい腐女子」と「死にたいキャバ嬢」のまったく予想不可能な生活は一体どこへ向かうのかーー。ぜひ一読をお勧めしたい。

金原ひとみ(かねはら・ひとみ)

1983年東京生まれ。2003年『蛇にピアス』で第27回すばる文学賞を受賞。04年、同作で第130回芥川賞を受賞。ベストセラーとなり、各国で翻訳出版されている。10年『TRIP TRAP』で第27回織田作之助賞を受賞。12年『マザーズ』で第22回Bunkamuraドゥマゴ文学賞を受賞。20年『アタラクシア』で第5回渡辺淳一文学賞を受賞。21年『アンソーシャル ディスタンス』で第57回谷崎潤一郎賞を受賞。

ミーツ・ザ・ワールド


定価 1650円(税込)
集英社
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2022.02.17(木)
文=篠原諄也
写真=平松市聖