物語に呑み込まれていく街を救うため、本の世界を冒険する少女たちの活躍を描く新刊『この本を盗む者は』を上梓した深緑野分さんに、お話を伺いました。


ストーリーのアイデアの種は中世の写本にあった

 舞台は読長町という架空の街。菱形のこの街の真ん中に建つのが、本の蒐集家として広く知られる御倉嘉市のコレクションが収められた“御倉館”だ。地下二階、地上二階のその巨大な書庫の管理は、嘉市亡き後は娘の御倉たまきに、そして現在はたまきの子、御倉あゆむとひるねにと引き継がれている。

 街には、たまきが愛する本を守ろうとするあまりに、〈書物ひとつひとつに奇妙な魔術をかけた〉といううわさがある。嘉市の曾孫である御倉深冬が、ブックカース(本の呪い)によって物語の世界がそのままに変容した街で奔走する物語が『この本を盗む者は』だ。

「印刷機もない時代、修道士や筆記者らが聖書などを、手で書き写して後世に伝えていました。本が貴重だった中世では、写本に盗難防止のための呪詛のようなものが書かれていたらしいんです。『本書を盗む者あらば』の後には、破門の呪いであるアナテマや、地獄行きなど、宗教的な災禍に見舞われるという不穏な言葉が続くんです。

 本の呪いというのは厳しい言い方から軽い言い方まで様々ながら、基本的に言葉だけで実際に呪いがかかったりはしません。しかしウンベルト・エーコは『薔薇の名前』という、文書館で次々に死んでいく修道士の謎を追う話を書いています。自分と一緒にするのはおこがましいですけど、エーコも“本の呪い”自体に深い魅力を感じたんだろうなと」

2020.10.31(土)
文=三浦天紗子
写真=佐藤亘
ヘアメイク=岩井裕季